第十一話 魔王軍から手紙が来た
第十一話 魔王軍から手紙が来た
前話までのあらすじ
二十七日目、田中はこれまで集めた情報を一枚の羊皮紙にまとめ、王様に国全体の現状を初めて「見える形」で示した。
王様は「余は、この国のことを本当の意味では見ていなかった」と言い、月次報告の作成と、魔王軍との長期的な関係方針の検討を田中に依頼した。
田中は「元の世界に帰りたいか」と聞かれ、「今はやることがあるので」と答えた。
やることリストは減らない。ただ、一ヶ月前より少しだけ、景色が見えてきた気がした。
三十一日目の朝。
田中がレオンと言語の確認をしていると、廊下が急に騒がしくなった。
足音が複数、早足で近づいてくる。
扉がノックなしで開いた。
騎士が二人、息を切らして立っていた。
「補佐官殿、大変です」
「どうぞ、落ち着いて話してください」
「魔王軍から、使者が来ました」
田中はメモアプリを開いた。
「使者、ですか。何人ですか」
「一人です。城門の前に立っていて、王への書状を持っていると言っています」
「その使者は今どこにいますか」
「城門の前で待たせています」
「身なりは」
「魔王軍の紋章の入ったマントを着ています。武器は持っていないように見えます」
「見えます、ということは確認はしていない?」
騎士が少し詰まった。
「……していません」
「城内に通す前に、身体の確認をしてください。同意が取れれば、で構いません。それと、通すなら応接室の一つを使いましょう。場所はどこが適切ですか、レオン」
レオンが「東の第二応接室が妥当だと思います」と答えた。
「では、そこで。飲み物も出してください」
騎士が目を丸くした。
「飲み物、ですか。魔王軍の使者に?」
「来客には出すものです」
「しかし——」
「使者を乱暴に扱うと、それが交渉の材料にされます。丁重に扱う方が、こちらに有利です」
騎士は少し考えてから、頷いた。
「……わかりました」
「王様にはすぐ報告します。私も応接室に行きます」
謁見の間で、王様に報告した。
王様の側近たちが騒いでいた。
「罠に決まっています」
「使者を通すなど言語道断」
「直ちに追い返すべきです」
全員が好き勝手に言っていた。
田中は王様を見た。
王様は腕を組んで、黙っていた。
「陛下、一点だけ確認させてください」
「言え」
「まず書状の内容を確認することは、可能ですか」
「内容次第では?」
「はい。追い返すにしても、内容を確認してからの方が判断材料が増えます」
側近の一人が言った。
「そんな悠長なことを——」
「内容がわからないまま追い返したら、相手が何を求めていたか永遠にわかりません。それで困るのはこちらです」
側近が黙った。
王様が言った。
「書状を受け取れ。内容を確認してから判断する」
「かしこまりました」
「使者の対応は、お前に任せる」
田中は少し止まった。
「……私が、ですか」
「言語は話せるか」
「この国の言葉は話せます。魔王軍の言語が同じかどうかは、会ってみないとわかりません」
「会ってみろ」
「わかりました」
側近たちがざわついた。
田中は気にせず、応接室に向かった。
東の第二応接室。
使者は椅子に座って待っていた。
二十代後半くらいの、細身の人物だった。性別は少し判断しにくい中性的な顔立ちで、黒いマントを羽織っていた。確かに魔王軍の紋章が胸についていた。飲み物には手をつけていなかった。
田中が入ると、使者は立ち上がった。
目が鋭かったが、敵意というより警戒に近い目だった。
使者が話しかけてきた。
言語は、田中が習得したこの国の言葉とほぼ同じだった。訛りがあったが、聞き取れる。
「あなたが、王の代理ですか」
「補佐官の田中と申します。王からの委任で、書状を受け取りに参りました」
使者は田中を見た。
「……補佐官? 騎士ではないのですか」
「騎士ではありません」
「なぜ補佐官が」
「私が担当だからです」
使者は少し考えてから、マントの内側から書状を取り出した。
「魔王軍総司令、ヴァルク将軍からの書状です」
「ありがとうございます」
田中は両手で受け取った。
使者が少し驚いた顔をした。
「……丁寧に受け取るのですね」
「書状ですので」
「今まで、城門で叩きつけられたり、床に投げられたりしてきたので」
「それは失礼なことをされましたね」
使者はまた少し驚いた。
田中は書状を開いた。
文字が読めた。この一ヶ月で習得した文字と同じ系統だった。
内容を読んだ。
田中はメモアプリを開き、要点を書き始めた。
使者が首を傾げた。
「何をしているのですか」
「要点をメモしています。確認のためです」
「……確認?」
「読み間違いがないよう、重要な点は記録します」
使者はしばらく田中を見ていた。
田中はメモを取り終えてから、顔を上げた。
「確認させてください。書状の内容は、停戦交渉の申し入れ、という理解で合っていますか」
使者は少し間を置いた。
「……合っています」
「交渉の場所と日時について、こちらからも意見を出せますか」
「それを確認しに来たのです」
「なるほど。返答はいつまでに必要ですか」
「十日以内にいただければ」
「わかりました。期日までに返答します」
使者は田中を見た。
「あなたは、驚かないのですか」
「何にですか」
「魔王軍が停戦を求めてきたことに」
「驚く前に、内容を確認しないといけないので」
「……普通は、もっと動揺します」
「動揺しても、判断は変わりませんので」
使者はしばらく黙った。
それから、少し表情が緩んだ。初めて見る表情だった。
「一つ、聞いてもいいですか」
「どうぞ」
「あなたは、この国の人間ではないですよね」
田中は少し止まった。
「なぜそう思いますか」
「服が違います。話し方が違います。それに、今まで会ったこの国の人間と、何かが根本的に違う」
「……否定はしません」
「どこから来たのですか」
「遠い場所です。詳しいことは、私にもわかりません」
使者はしばらく田中を見た。
「そうですか」
それだけ言って、使者はマントを整えた。
「返答を待っています」
「十日以内に。来ていただく場所と日時を使いで伝えます」
「わかりました」
使者は立ち上がり、扉に向かった。
扉の前で、振り返った。
「田中、と言いましたか」
「はい」
「交渉の場に、あなたが来ますか」
「それは王様の判断次第です」
「……来てほしいと思います」
田中は少し止まった。
「理由を聞いていいですか」
「話が通じそうだからです」
使者は扉を開けて、出ていった。
田中は残された部屋で、メモアプリに書き足した。
・使者:中性的、訛りあり、警戒心強いが敵意は薄い。丁重な対応に明らかに慣れていない。
・書状の内容:停戦交渉の申し入れ。場所と日時はこちらに委ねる形。
・返答期限:十日以内。
・使者の発言:「話が通じそうだから来てほしい」。交渉相手として田中を指名。
・懸念:なぜ停戦を求めてきたのか、魔王軍側の事情が不明。要確認。
謁見の間に戻ると、王様と側近たちが待っていた。
田中が書状を渡すと、王様は読んだ。
側近たちがまた騒ぎ始めた。
「罠です」
「停戦などという言葉を信じてはなりません」
「直ちに軍を動かすべきです」
田中は王様を見た。
王様は黙っていた。
「陛下」
「なんだ」
「一点だけよろしいですか」
「言え」
「停戦交渉を受けるかどうかは、この場では決めなくていいと思います」
側近の一人が言った。
「どういう意味ですか」
「十日の猶予があります。その間に、なぜ魔王軍が今このタイミングで停戦を求めてきたのか、理由を調べることができます。理由がわかれば、受けるべきかどうかの判断材料が増えます」
「調べられるのですか、そんなことが」
「全部はわかりません。ただ、わかることとわからないことを分けるだけでも、判断が変わります」
側近たちが黙った。
王様が言った。
「調べろ」
「はい」
「どうやって」
「アレンに頼みます。前線に近い場所の情報を取ってきてもらえれば、何かわかるかもしれません。それとロイド卿に、過去に同様の申し入れがあったかどうか聞きます。あとは図書室に魔王軍に関する記録があれば、当たります」
「三日でできるか」
「やります」
王様は頷いた。
「田中、使者の対応はどうだった」
「話は通じました。停戦を求める理由については触れませんでした。ただ、魔王軍側にも何らかの事情がある可能性はあります」
「事情とは」
「わかりません。ただ、攻めてくる余裕がある側が停戦を求めることは、通常は少ないです」
「つまり、魔王軍も何かに困っている、ということか」
「可能性の話ですが」
王様はしばらく考えた。
それから、低く言った。
「……面白い」
「何がですか」
「魔王軍も困っているかもしれない、という発想が。余にはなかった」
「困っていない相手と話し合うのは難しいです。困っているなら、話し合いの余地があります」
王様は田中を見た。
「お前は、魔王軍と話し合う気があるのか」
「話し合いで解決できるなら、その方がいいと思っています」
「魔王軍だぞ」
「どこの組織にも、事情はあります」
側近たちがまたざわついた。
田中は気にしなかった。
王様は少し考えてから、言った。
「調査を進めろ。その後、また話し合おう」
「かしこまりました」
田中は頭を下げて、謁見の間を出た。
廊下でレオンが待っていた。
「どうでしたか」
「停戦交渉の申し入れでした」
「え」
「十日以内に返答が必要です。その前に調査をします。アレンはどこにいますか」
「今日は城にいると思いますが……タナカ、落ち着いてますね」
「急いでいますが、落ち着いています」
「普通は、魔王軍から手紙が来たら、もっと動揺しませんか」
「動揺する理由が今のところないので」
「……そういうものですか」
「やることが明確になったので、むしろ動きやすいです」
レオンはしばらく田中を見てから、小さく笑った。
「タナカはやっぱり変わってますね」
「よく言われます」
「何回目ですか」
「数えていません。アレンを探しましょう」
田中は廊下を歩き始めた。
手紙一枚で城中が騒然としている中、田中のやることリストには新しい項目が三つ増えていた。
いつもと同じだ。
ただ、少しだけ、話が大きくなってきた気がした。
次回「第十二話 魔王軍が困っている理由を調べたら、笑えない話だった」へつづく




