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第百十七話 ネルが初めて報告書を書いた

第百十七話 ネルが初めて報告書を書いた


前話までのあらすじ

四国確認会が開かれた。ミラ公王が進行を担当し、田中は記録のみだった。

四点が確認され、全部田中なしで決まった。

「四国が揃った。田中がいなくても動く形ができた」とメモに書いた。


 四国確認会から一週間後。

 アレンが田中のところに来た。

「タナカさん、ネルのことで報告があります」

「どうしましたか」

「ネルが、報告書を一人で書いてきました。今日の巡回の報告書です」

「そうですか」

「見てもらえますか」

 田中は受け取った。

 読んだ。

 もう一度読んだ。

「どうですか」とアレンが言った。

「良い報告書です」と田中が言った。

「そうですか」

「アレンさんの報告書に似ています」

「そうですか」

「ただ、ネルさんらしい部分もあります」

「どんな部分ですか」

「観察が細かいです。山脈の岩の形まで書いてあります。ランセルで山脈の調査をしてきた経験が出ています」

「そうですね。ネルは山脈が好きなようです。巡回中も、山脈の方向をよく見ています」

「カラさんに似ていますね」

「そうかもしれません。カラさんに教わってきたんでしょうね」

「そうですね」

「タナカさん、ネルに何か言ってあげてもらえますか」

「直接言いますか」

「そうです。俺が言うより、タナカさんが言う方が、ネルに響くと思います」

「そうですか」

「ネルは田中さんのことを尊敬しています。話しかけると、緊張するみたいです」

「そうですか」

「ただ、タナカさんの言葉は、ちゃんと届いていると思います」


 ネルを呼んだ。

 二十歳の、少し緊張した顔をした若者だった。

「田中殿、お呼びとのことで」

「はい。座ってください」

「はい」

 ネルは座った。

 田中はネルに報告書を見せた。

「今日の報告書、読みました」

「はい。不足がありましたか」

「不足はありません。良い報告書でした」

「そうですか」

「一点だけ、確認させてください」

「はい」

「山脈の岩の形を細かく書いていますね。これは、何のために書きましたか」

「前回の巡回と、岩の形が少し変わっていたからです。変化があったので、記録しました」

「変化に気づいたから、書いた、ということですね」

「そうです。カラ様から、変化を記録することが大事だと教わってきました」

「そうですね。ネルさん、一つだけ言っていいですか」

「はい」

「この報告書は、田中だけでなく、三国にも価値があります」

「三国にも、ですか」

「そうです。山脈の変化は、三国が関心を持っている情報です。ネルさんが気づいた変化を、三国に共有します」

「俺の報告書が、三国に届くんですか」

「そうです」

「なるほど」

「ネルさん、もう一点だけ」

「はい」

「アレンさんと一緒に巡回してきて、どうでしたか」

「アレンさんから多くを学びました」

「どんなことを学びましたか」

「攻撃しないで観察する、ということです。最初は、何かが来たら動くべきだと思っていました。ただ、アレンさんは、まず見る。それが大事だと教えてくれました」

「そうですね」

「見てから動く。それが、田中殿のやり方だとアレンさんが言っていました」

「そうかもしれません」

「田中殿、一つだけ聞いていいですか」

「どうぞ」

「田中殿は、最初にこの世界に来たとき、何を見ましたか」

 田中は少し考えた。

「草原です」

「草原、ですか」

「そうです。目が覚めたら、草原にいました。自動販売機がない草原でした」

「じ、どうはんばんき、ですか」

「元の世界にあるものです。この世界にはないです。それで、この世界に来たとわかりました」

「なるほど」

「最初に見たのが草原でした。それが全部の始まりです」

「そうですか」

「ネルさんは、この城に来たとき、最初に何を見ましたか」

「アレンさんです」

「アレンさんを」

「城門の前で待っていてくれました。初めて会う人でしたが、怖くなかったです。笑顔で迎えてくれたので」

「そうでしたか」

「アレンさんが最初にいてくれて、良かったです」

「そうですね」

「田中殿、最初にアレンさんがいることを決めたのは、田中殿ですか」

「アレンさんが来てくれたんです」

「どちらも本当だ、ですね」

「そうです」

「この言い方、アレンさんから覚えました」

「そうですか」

「アレンさんがよく使うので。田中殿から学んだと言っていました」

「そうですね」

「この言い方、田中殿から、アレンさんへ、俺へ、と伝わってきました」

「そうですね」

「言葉が伝わるんですね」

「そうです」

「田中殿、ありがとうございます」

「ネルさんが来てくれたからです」

「どちらも本当だ」

「そうですね」

「使えました」

「そうです」


 ネルが帰った後、アレンが田中のところに来た。

「どうでしたか」

「良かったです。ネルさんは、観察が細かい。カラさんの影響が出ています」

「そうですね。山脈のことを聞くと、目が輝きます」

「そうですか」

「田中さんのことを、すごく尊敬しています。緊張していましたが、うれしそうでした」

「そうですか」

「タナカさんと話せたことが、嬉しかったと思います」

「そうですか」

「タナカさん、一つだけ」

「はい」

「ネルが『どちらも本当だ』を使いましたか」

「使いました」

「俺が教えたんです」

「そうですか」

「田中さんから学んで、俺がネルに伝えました。ネルが使いました」

「言葉が続いていますね」

「そうです。田中さんの言葉が、俺を通じてネルに伝わりました。それが、嬉しかったです」

「アレンさんが伝えてくれたからです」

「どちらも本当だ」

「そうですね」

「田中さん、もう一点だけ報告があります」

「なんですか」

「今日の巡回で、山脈の東端を少し確認しました」

「どうでしたか」

「以前と少し違う感じがしました。音が大きかったです。ドランが報告していた東の変化と、似ているかもしれません」

「そうですか」

「詳しく観察してきた内容を、報告書に書きます。今日中に提出します」

「ありがとうございます」

「タナカさん、俺が前線の変化を一番早く見ています。それが俺の仕事だと思っています」

「そうですね」

「誰よりも早く気づいて、报告する。それが、俺にしかできないことです」

「そうです。アレンさんにしかできない仕事です」

「田中さんに言ってもらえると、実感が持てます」

「ありがとうございます」

「珍しいですね、田中さんが礼を言うのが」

「アレンさんの言葉が、田中に実感を与えてくれたので」

「どちらも本当だ」

「そうですね」


 その夜、田中は三国とドランへの情報を書いた。

 ネルの報告書の内容を含めた。

 アレンの観察も加えた。

 東の変化が、この国の山脈でも確認されつつある、という内容だった。

 レオンが翻訳した。

「タナカ、今日の情報、重要ですね」とレオンが言った。

「そうです。東の変化が、ドランだけでなく、この国の山脈でも確認されつつあります」と田中が言った。

「以前のGOLのときと、同じパターンですか」

「似ています。ただ、今回は四国が揃っています。以前より、早く対処できます」

「そうですね」

「それが、同盟の意味です」

「そうですね」

「今日、ネルさんとアレンさんが動いてくれました。情報が来ました。これが、仕組みが機能しているということです」

「そうですね」

「田中が間に入らなくても、情報が集まっています」

「そうです」

「良いことですね」

「そうです」

「タナカ、今日は良い一日でしたね」

「そうですね」

「ネルが報告書を書いて、アレンが観察して、田中が整理した」

「そうですね」

「それぞれが、それぞれの仕事をしました」

「そうです。それが積み上げです」

「タナカ、積み上げはどのくらい続きますか」

「止まるまで続きます」

「止まるときは来ますか」

「来ないと思います」

「なぜですか」

「誰かが続けるからです。田中がいなくなっても、レオンが続けます。アレンが続けます。ネルが続けます。そうやって、続きます」

「そうですね」

「それが、田中がここにいた意味です」

「わかりました」

「レオン、今日もありがとうございます」

「珍しくすぐ言えましたね」

「今日は言えます」

「良かったです」


 夜、田中はメモを整理した。

 【本日の完了事項】

 ・ネルの報告書を確認。良い内容だった。三国に共有予定。

 ・アレンが東の山脈の変化を確認。東の変化が広がっている可能性。

 ・四国への情報共有:送付済み。

 ・ネルが「どちらも本当だ」を使った。言葉が田中からアレンへ、ネルへと伝わった。

 最後に一行書き足した。

 ・言葉が伝わっている。人が伝わっている。田中がいなくなっても、続いていく。それが今日わかったことだ。


次回「第百十八話 ネルが成長していた」へつづく

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