第百十二話 ドラン王国への道中
第百十二話 ドラン王国への道中
前話までのあらすじ
ドランの王が「半年間の情報共有から始め、その後参加を決める」という条件を出した。
田中が受け入れる方向で三国に伝えると約束した。
「ドランの王が、一人で抱えていたものを少し手放した。それが今回の一番大事なことだった」とメモに書いた。
帰国の道中、三日かかった。
行きと同じ道だった。
ただ、帰りは少し違って見えた。
田中は馬を進めながら、考えていた。
ドランで何が起きたか。
ドランの王が変わったこと。
半年間の情報共有という条件が出たこと。
三国が受け入れれば、四国目への道が開く。
ただ、田中が一番印象に残っていたのは、そこではなかった。
ドランの王が、一人で抱えていた、という話だった。
「レオン」と田中が言った。
「はい」とレオンが言った。
「ドランの王が一人で城を変えてきた話、聞きましたね」
「はい。十年間、誰からも評価されずに変え続けた、という話ですね」
「そうです。その話を聞いて、田中は元の世界を思い出しました」
「どんなことを思い出しましたか」
「田中も、元の世界で、誰も見ていない仕事をしていた時期がありました。引き継ぎメモを丁寧に書いていた。月次報告を整理していた。ただ、誰も褒めなかった」
「そうでしたか」
「その当時は、意味があるのかどうかわからなかったです。ただ、やることがあったから続けました」
「それが、この世界でも同じことをしている理由ですか」
「そうかもしれません。やり方は変わっていません。ただ、一人でやっていたことが、皆と一緒にやることになりました」
「それが変化ですね」
「そうです」
「タナカ、元の世界に帰ることを、最近考えていますか」
「考えています」
「どのくらい考えていますか」
「以前より、頻度が増えています」
「そうですか」
「ドランの王が、一人で抱えていたものを手放した、という場面を見て、田中も何かを考えました」
「何を考えましたか」
「田中も、ここで積み上げてきたものを、手放す時期が来るかもしれない、と」
「手放す、ですか」
「引き継ぐ、という意味です。田中が全部を持っていなくても、全員が動ける。それが確認できてきました」
「そうですね」
「確認できてきたから、次の問いが出てきています」
「次の問いとは」
「田中は、いつまでここにいるか、という問いです」
レオンはしばらく黙った。
「タナカ、それは、帰ることを考えているということですか」
「まだ答えは出ていません。ただ、問いが出てきています」
「そうですか」
「レオン、この話は、今日だけにしてください」
「わかりました。王様には、まだ話さないんですね」
「まだです。答えが出てから、話します」
「わかりました」
「ありがとうございます」
「タナカ、一つだけ言っていいですか」
「どうぞ」
「どんな答えが出ても、私は続けます」
「そうですか」
「タナカがいなくても、この城を続けます。タナカが作ったものを、続けます。それは、約束です」
「ありがとうございます」
「珍しくすぐ言えましたね」
「今日は言えます」
「良かったです」
二人で馬を進めた。
空が広かった。
田中はしばらく空を見た。
それから、前を向いた。
まず、帰国してやることをやる。
帰るかどうかは、その後に考える。
今は、やることがある。
それだけで、動ける。
二日目の道中。
村を一つ通った。
小さな村だった。
村人が田中たちを見た。
「旅の方ですか」と村人が言った。
「そうです。この国から来て、ドランに行ってきました」
「ドランに、ですか。遠かったでしょう」
「三日かかりました」
「そうですか。最近、こちらの道を通る旅人が増えましたよ」
「そうですか。以前は少なかったですか」
「少なかったです。以前は、この道はあまり使われていませんでした。最近は、三国同盟ができてから、往来が増えた気がします」
「そうですか」
「魔王軍の兵士が通ることも、最近はあります。以前は考えられませんでした」
「変化を感じますか」
「感じます。怖い変化ではなく、良い変化だと思っています。往来が増えると、商売も増えます」
「そうですね」
「旅の方、どちらから来たんですか」
「この国の城から来ました。田中義則と申します」
「田中様、ですか。聞いたことがあります」
「そうですか」
「この変化を作った人間として、名前が広がっています」
「そうですか」
「田中様が来てから、この世界が変わったと、村人たちの間で話しています」
「皆さんが変えたんです」
「そうでしょうか」
「そうです。往来が増えたのは、皆さんが動いているからです」
「田中様らしい答えですね」
「どこで聞きましたか」
「ここを通る旅人から、田中様はいつもそう言う、と聞きました」
「そうですか」
「広がっていますよ、田中様の言葉が」
「そうかもしれませんね」
「では、良い旅を」
「ありがとうございます」
村人は去った。
レオンが言った。
「タナカ、聞きましたか」
「聞きました」
「田中様の言葉が広がっている、とのことです」
「そうですね」
「村人も知っていました」
「そうですね」
「タナカ、この世界に来て、どんどん広がっていますね」
「皆さんが広めてくれているんです」
「どちらも本当だ」
「そうですね」
「わかりました」
田中は馬を進めた。
村が遠ざかった。
田中はメモアプリを開いた。
一行書いた。
・道中の村人が、田中の言葉が広がっていると言った。田中がいない場所でも、広がっている。
三日目の朝。
城が見えてきた。
レオンが言った。
「見えてきましたね」
「そうですね」
「帰ってきました」
「そうですね」
「タナカ、帰ってきた感じがしますか」
「します」
「この城が、帰る場所になっていますね」
「そうかもしれません」
「以前は、この世界に来たばかりで、帰る場所がなかったはずです」
「そうでしたね」
「今は、帰る場所があります」
「そうですね」
「それが変化です」
「そうかもしれません」
「良い変化ですよ」
「そうですね」
城門が近づいた。
アレンが立っていた。
「タナカさん、お帰りなさい」とアレンが言った。
「ただいまです」と田中が言った。
「待っていました」
「そうですか」
「城での出来事を報告したいことがあって」
「どんなことですか」
「田中さんがいない間に、色々ありました」
「どんなことがありましたか」
「中に入ってから話します。まず、飯を食べてください。三日間の旅でしたから」
「そうしましょう」
「スープ、出ますよ」
「ありがとうございます」
「珍しくすぐ言えましたね」
「今日は言えます」
「毎回そう言いますね」
「毎回、本当のことです」
「わかっています」
三人で城の中に入った。
石畳の音が響いた。
いつもの音だった。
田中はその音を聞きながら、帰ってきたと感じた。
食堂でスープを飲んだ。
王様が来た。
「田中、帰ったか」
「帰りました」
「ドランはどうだった」
「良かったです。報告があります。ただ、今日は少し休んでから、明日報告させてください」
「わかった。ゆっくり休め」
「ありがとうございます」
「珍しいな、ゆっくり休むか、と聞く前に言うのは」
「旅の疲れがあります。今日は早く休みます」
「そうか。では、明日」
「はい」
「田中、帰ってきたな」
「帰ってきました」
「良かった」
「はい」
「約束を守ったな」
「守りました」
「何回目かわからないが」
「わかりません」
「毎回守ってくれているな」
「守ります」
「わかった」
王様は食堂を出た。
アレンが田中に言った。
「タナカさん、城での出来事、今日は聞かなくていいですか」
「明日聞かせてください。今日は疲れています」
「わかりました。ただ、一点だけ言っていいですか」
「どうぞ」
「タナカさんがいない間、城がちゃんと動いていました」
「そうですか」
「田中さんがいなくても、動きました」
「そうですか」
「それが、一番大事な報告です」
「ありがとうございます」
「珍しくすぐ言えましたね」
「今日は言える日です」
「良かったです」
夜、田中は部屋に一人でいた。
鞄を開けた。
ドランで使った資料が入っていた。
白紙の羊皮紙が、まだ何枚か残っていた。
田中はその羊皮紙を見た。
三日間で、書いた枚数は少なかった。
以前より、書く量が減っていた。
話す量も減っていた。
聞く量の方が増えていた。
それが今の田中の仕事だった。
田中はメモアプリを開いた。
【ドラン訪問・総括】
・ドランの王:一人で抱えていたものを手放し始めた。
・条件:半年間の情報共有から始める。その後、参加を決める。
・三国への報告:明日。
・道中の村:田中の言葉が広がっていると村人が言った。
・帰国:城が動いていた。アレンが報告してくれた。
最後に一行書き足した。
・帰ってきた。城が帰る場所になっている。それが今日の一番大事なことだった。
次回「第百十三話 帰国報告。三国に伝えた」へつづく




