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第百十一話 田中がドラン王国に行くことになった

第百十一話 田中がドラン王国に行くことになった


前話までのあらすじ

ドランの王の懸念が出てきた。全会一致の原則に対して、大国として抵抗があると言った。

田中が全会一致はドランを守る仕組みでもあると説明した。

明日、元の世界の話をすることになった。

「ドランの王は、話が通じる相手だった。懸念を正直に言ってくれた。それが一番大事だ」とメモに書いた。


 三日目の朝。

 田中とレオンは会議室に通された。

 ドランの王が待っていた。

 今日は、バインがいなかった。

 王と田中の二人だった。

 レオンは端に座った。

「今日は二人で話そうと思って、バインを外した」

「そうですか」

「昨日、田中殿が来た世界の話を聞かせてくれると言った。聞かせてもらえるか」

「はい」

「どんな世界だ」

「この世界と似ています」

「似ているか」

「人が集まって、組織を作って、利害が対立して、誰かが間に入る。そういう世界です」

「どこにでもある話だな」

「そうです。ただ、この世界より、少し小さい世界です。田中は、会社という組織で働いていました」

「会社、とは何だ」

「商売をする組織です。人が集まって、一緒に働いて、物を作ったり売ったりします」

「商人の組織か」

「そうかもしれません」

「田中は、そこで何をしていた」

「係長という役職でした。上司と部下の間に挟まれる役職です」

「板挟みか」

「そうです」

「ここでも同じことをしているな」

「そうですね。どこに行っても、板挟みです」

「それが嫌にならないのか」

「嫌になることもありました。ただ、板挟みの場所には、やることがありました。やることがある限り、嫌にはなりませんでした」

「やることがある限り、か」

「そうです」

 王はしばらく考えた。

「田中殿、余は一つ聞いていいか」

「どうぞ」

「板挟みで、一番辛かったことはなんだ」

「正しいことをしているのに、誰からも認められないことでした」

「なるほど」

「上からは足りないと言われて、下からは無理だと言われる。その間で、何かをやっている。ただ、誰も見ていない」

「そういう経験があるのか」

「ありました」

「田中殿、その経験と、今やっていることは繋がっているか」

「繋がっています」

「どう繋がっている」

「誰も見ていない仕事をしてきたから、今も、目に見えない仕事ができます。仕組みを作ることは、目に見えません。ただ、確実に機能します。誰も見ていない仕事の価値を、知っているから、続けられます」

 王はしばらく黙った。

「田中殿、余も同じ経験がある」

「そうですか」

「余は、十年前にこの城を変えた。書類を整理して、兵士の訓練を変えて、城の仕組みを整えた。ただ、誰も評価しなかった。変えたことで、不満を言う者の方が多かった」

「そうでしたか」

「変えることを評価してくれる人間が、いなかった。ただ、やめなかった。なぜかわかるか」

「やることがあったからですか」

「そうだ。この城が続くために、やることがあった。評価されなくても、やることがあったから続けた」

「そうですね」

「田中殿、あなたも同じだな」

「そうかもしれません」

「評価されなくても、やることがあれば動く」

「そうです」

「その考え方は、どこで覚えたんだ」

「元の世界で覚えました。ただ、この世界に来てから、より深く覚えた気がします」

「この世界に来て、深くなったか」

「そうです。元の世界では、一人でやることが多かったです。この世界に来てから、皆と一緒にやることを覚えました。それで、やることの意味が変わりました」

「意味が変わったとは」

「一人でやることは、自分のためのやることでした。皆と一緒にやることは、全員のためのやることになりました。全員のためのやることは、一人のためのやることより、続きます」

「全員のためのやることは、続く」

「そうです」

「なるほど」

 王はしばらく考えた。

「田中殿、余は昨日、全会一致への抵抗を話した」

「はい」

「今日、その抵抗の本当の理由がわかった気がする」

「どんな理由ですか」

「余は、一人で決めることに慣れていた。十年間、この城を一人で変えてきた。誰かと合意してから動く、という経験が少なかった。それが、抵抗の本当の理由だったかもしれない」

「なるほど」

「一人で動くことが、余の仕事のやり方だった。三国と合意してから動く、というのは、余には経験がない」

「そうですか」

「田中殿、その経験がない余が、三国と一緒に動けると思うか」

「思います」

「根拠は」

「王様は、十年間、誰かに頼らずにやってきました。そのやり方の強さを知っています。ただ、一人でやることの限界も、北の問題を通じて感じているはずです」

「感じている」

「そうですね。だから、田中の城に使者を送ってきた。一人では足りないと、どこかで思っていたはずです」

「そうかもしれない」

「一人で動く力と、皆と合意して動く経験。どちらも持てれば、王様にとって強みになります」

「どちらも持てるか」

「持てます。ただ、最初は慣れないかもしれません。慣れるまでの時間が必要です」

「その時間を、三国は待ってくれるか」

「待ちます。急かしません」

「それは約束か」

「田中が約束できることではありません。ただ、田中は三国にそう伝えます」

「自分が約束できないことは約束しない、か」

「そうです」

「正直だな」

「正直の方が、後でもめません」

「田中殿らしい答えだ」

 王は立ち上がった。

「田中殿、今日の話で、余は少し変わった気がする」

「そうですか」

「一人で動くことへの固執が、少し和らいだ。一人で動けない場面で、一緒に動ける仕組みがある。それが、三国同盟の意味か」

「そうです」

「なるほど。田中殿、もう一日もらえるか」

「四日目、ですか」

「そうだ。余は慎重だと言った。一日だけ、もう少し考える時間をくれ」

「わかりました」

「明日の午前中に、余の答えを伝える」

「かしこまりました」


 その夜、田中はレオンと話した。

「タナカ、今日の王はどうでしたか」とレオンが言った。

「動きました」と田中が言った。

「どう動きましたか」

「一人で動くことへの固執が、和らいだと言っていました」

「元の世界の話が、届いたんですね」

「そうかもしれません」

「板挟みの話が、王に刺さったと思います」

「そうですね。王も、板挟みを経験してきた人間でした」

「経験が同じなら、話が通じますね」

「そうです。田中がこの世界に来てから、同じ経験を持つ人間と何度も話してきました。王様も、魔王陛下も、ミラ公王も、グレイドも、バルト卿も、全員、何らかの板挟みを経験していました」

「みんな板挟みだったんですね」

「そうです。板挟みは、どこにでもある。それが、田中がどこに行っても話が通じる理由かもしれません」

「タナカが板挟みの専門家だから」

「そうかもしれません」

「タナカ、明日の王の答えは、参加ですか」

「まだわかりません。ただ、方向は良い方向に向いています」

「それで十分ですよ」

「そうですね」

「タナカ、今夜はよく眠れそうですか」

「眠れると思います」

「良かったです」

「レオン、三日間、一緒に来てくれてありがとうございます」

「珍しくすぐ言えましたね」

「今日は言えます」

「毎回そう言いますね」

「毎回、本当のことです」

「わかっています。おやすみなさい、タナカ」

「おやすみなさい」


 翌朝。

 王から使者が来た。

「王がお呼びです」

 田中は会議室に向かった。

 王が待っていた。

「田中殿、余の答えを言う」

「はい」

「三国同盟への参加を、前向きに検討する。ただし、条件が一点ある」

「どんな条件ですか」

「まず、情報共有から始めたい。参加の前に、三国との情報共有を半年間続ける。その後、参加するかどうかを決める」

「情報共有を先に始める、ということですね」

「そうだ。三国と一緒に動くことを、少しずつ覚えていく。いきなり参加するのではなく、段階的に近づく」

「それは、合理的な条件だと思います」

「合理的か」

「そうです。いきなり飛び込むより、少しずつ慣れる方が、長く続きます」

「田中殿が言いそうなことだな」

「そうかもしれません」

「田中殿、この条件を三国に伝えてくれるか」

「伝えます。受け入れてもらえると思います」

「そう思うか」

「三国も、急かしません。ドランが準備できてから参加してもらう方が、同盟が強くなります」

「そうか」

「はい」

「田中殿、余は今回、あなたに来てもらって良かった」

「ありがとうございます」

「珍しくすぐ言えたな」

「王様に言っていただけると、受け取りやすいです」

「なぜだ」

「王様が慎重な方だからです。慎重な方が良かったと言ってくれる言葉は、重みがあります」

「そうか」

「はい」

「田中殿、また来てくれるか」

「来ます」

「約束か」

「約束です」

「では、また」

「また」

「田中殿、一つだけ」

「はい」

「元の世界の話、今度はもっとゆっくり聞かせてくれ」

「次に来たときに、話します」

「楽しみにしている」

「私もです」


 帰国の準備をした。

 バインが見送りに来た。

「田中殿、また来てください」

「来ます」

「王が変わりましたよ」

「そうですか」

「三日間で、変わりました。一人で抱えていたことが、少し軽くなった気がします」

「王様が話してくれたからです」

「田中殿が来てくれたからです」

「どちらも本当ですね」

「そうですね」

「田中殿、この言い方、今日初めて聞きました」

「そうですか」

「良い言い方ですね。誰かを否定せずに、全員を認める」

「そうですね」

「覚えます」

「どうぞ」

「では、また」

「また」


 帰り道。

 田中とレオンは馬を進めた。

「タナカ、ドランはどうでしたか。全体として」とレオンが言った。

「来て良かったです」と田中が言った。

「方向性が見えましたか」

「見えました。半年間の情報共有から始める。その後、参加を決める。ドランが慎重に動く方法です」

「三国は受け入れますか」

「受け入れると思います。ミラ公王もシアさんも、急かさないと言っていました」

「そうですね」

「タナカ、今回の旅で、一番印象に残ったことは何ですか」

「王が一人で抱えていた、という話です」

「そうですか」

「シアさんと同じでした。ミラ公王と同じでした。魔王陛下と同じでした。皆、何かを一人で抱えていた」

「そうですね」

「一人で抱えている人間に、一緒に動ける仕組みがあると伝えると、変わります。田中がやってきたことは、ずっと同じことです」

「一人で抱えている人間を、繋ぐことですね」

「そうかもしれません」

「タナカ、それが、タナカがここにいる理由かもしれません」

「そうかもしれません」

「受け取りますか」

「受け取ります」

「良かったです」

 田中は馬を進めた。

 帰り道の空が、青かった。

 山脈は見えなかった。

 ただ、空が広かった。

 田中はメモアプリを開いた。

 一行書いた。

 ・ドランの王が、一人で抱えていたものを少し手放した。それが今回の一番大事なことだった。


次回「第百十二話 ドラン王国への道中」へつづく

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