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第百十話 ドラン王国の懸念を聞いた

第百十話 ドラン王国の懸念を聞いた


前話までのあらすじ

ドランに到着した。ドランの王と初めて会った。直接的で話が早い王だった。

レオンが廊下の地図が古いことに気づいた。北の最新情報を入り口にする方針を立てた。

「ドランの王は、話せる相手だと思った。やってみないとわからなかったが、来て良かった」とメモに書いた。


 翌朝。

 バインが客間に迎えに来た。

「田中殿、王がお待ちです」

「わかりました」

「今日は、どんな話をするつもりですか」

「まず、北の情報を共有したいです。それから、王様のお考えを聞かせてもらいたいです」

「聞く方が先ですか」

「田中からたくさん話すより、まず王様のお話を聞きたいです」

「そうですか。王は直接的な方なので、田中殿の方から話してほしいと思うかもしれませんが」

「そうですね。バランスを見て判断します」

「わかりました。では、参りましょう」


 会議室に通された。

 ドランの王が待っていた。

 バインが同席した。

 田中とレオンが向かいに座った。

「田中殿、昨日は城を見てもらえたか」

「はい。整然とした城ですね」

「余が着任してから変えた。以前は雑然としていた」

「そうでしたか。どうやって変えましたか」

「必要なものと不要なものを分けた。それだけだ」

「田中も同じ方法を使いました」

「そうか。似ているな」

「そうかもしれません。ただ、一点気づいたことがあります」

「なんだ」

「廊下に貼ってある地図です。北の山脈に関する記録が、少し古い気がしました」

 王は少し表情が変わった。

「気づいたか」

「はい」

「そうだ。北の情報が古い。それは余も気にしていた。ただ、最新の情報を集める手段が乏しかった」

「そうですか」

「田中殿は、最新の情報を持っているか」

「持っています。三国で集めた情報です。共有させていただけますか」

「ぜひ、聞かせてくれ」


 田中は鞄から資料を出した。

 三国の情報をまとめた一枚だった。

 王に渡した。

 王は読んだ。

 じっくり読んだ。

 バインも横から見た。

「これは、いつのものだ」

「先月のものです」

「先月の情報か。余のところには、半年前の情報しかなかった」

「そうですか」

「この情報、どこから集めたんだ」

「三国それぞれが観察した情報を、月次で共有しています。カラというランセルの山脈専門家が、特に詳しく観察しています」

「月次で更新しているのか」

「そうです」

「それが、三国同盟の情報共有の仕組みか」

「そうです」

 王はもう一度資料を読んだ。

「田中殿、一点だけ聞いていいか」

「どうぞ」

「動物の動きが落ち着いている、と書いてある。これは確実か」

「三国全部で確認しています。一国の観察より、三国の観察の方が信憑性が高いです」

「なるほど」

「ドランでも、動物の動きの変化は確認されていると聞きました」

「そうだ。ただ、落ち着いているとは言えなかった。最近は、少し変わってきた気もするが」

「ドランの観察を教えていただけますか。三国の情報と合わせれば、全体像がもっとはっきりします」

「そうだな」

 王はバインを見た。

「バイン、北の観察記録を持ってきてくれ」

「かしこまりました」

 バインが部屋を出た。

 王と田中が残った。

「田中殿、余に直接聞かせてくれ」

「なんですか」

「三国同盟は、本当に北の問題のためだけか」

「北の問題だけでなく、三国の繋がりを深めるためでもあります。ただ、他国への影響力拡大は目的ではありません」

「それを信じる根拠はあるか」

「同盟文書を見ていただければわかります。内容が、北の問題と共同行動の枠組みに絞られています。他国への侵略や支配に関する条項はありません」

「文書を見せてもらえるか」

「この場ではコピーを持っていません。ただ、帰国後に送ります」

「送ってくれるか」

「はい。約束します」

「田中殿は、約束を守るか」

「守ります」

「なぜそう言える」

「これまで、約束を守ってきたからです。それが、田中の信用です」

「なるほど」

 バインが戻ってきた。

 羊皮紙の束を持っていた。

「北の観察記録です」

「田中殿、見てくれ」

 田中は記録を受け取った。

 読んだ。

 レオンが横で手伝った。

「どうだ」

「三国の記録と、方向性が一致しています。動物の動きの変化、時期、場所。全部、三国と似ています」

「そうか」

「ドランの情報を加えれば、全体像がさらにはっきりします」

「それは、三国にとって価値があるのか」

「あります。ドランは東の国です。山脈の東側からの情報が、ランセルやこの国からは取りにくいです。ドランの情報が加わることで、死角がなくなります」

「ドランの情報が、三国にとって価値があるということか」

「そうです。情報の共有は、双方に利益があります。ドランが情報を渡し、三国の最新情報を受け取る。どちらも得をします」

「なるほど」

 王はしばらく考えた。

「田中殿、余の懸念を正直に言う」

「どうぞ」

「三国同盟に加われば、余はこの国の決定を三国と共有しなければならなくなる。全会一致の原則があると聞いた。一国が否決すれば、全体が止まる。ドランにそれは合うか」

「正当な懸念です」

「ドランは大国だ。小さい国の一票と同じ重みになることへの抵抗がある」

「そうですか」

「全会一致は、小国に有利な仕組みだ。大国には不利に見える」

「おっしゃる通りです。ただ、全会一致には別の意味があります」

「どういう意味だ」

「全員が合意したことだけを実行する。つまり、ドランが反対すれば、ドランが望まないことは実行されません。ドランの安全を保障する仕組みでもあります」

「余が否決できる、ということか」

「そうです。大国が小国と同じ一票を持つことは、大国が力で押し切れない仕組みでもあります。大国は力があるから、小国が心配します。全会一致は、その心配を消します」

「大国のための仕組みでもある、か」

「どちらの国にとっても、安全な仕組みです」

 王はしばらく黙った。

「田中殿、あなたは小国の人間か」

「どういう意味ですか」

「小国の立場から、説明しているように聞こえた」

「田中はどちらの国のためでもありません。ただ、全員が安心できる仕組みを作ろうとしています」

「全員が安心できる仕組みか」

「そうです」

「それが、田中殿の仕事か」

「やることの一つです」

「やることがある限り、動く、と昨日言っていたな」

「そうです」

「田中殿、余はあなたのことを、少し理解し始めた気がする」

「そうですか」

「どこの国でもなく、どこでも動く。そういう人間が必要だったのかもしれない」

「そうかもしれません」

「田中殿、もう一日話せるか」

「もう一日、いただけますか」

「構わない。明日も話そう」

「ありがとうございます」

「ただし、明日は余からも聞く。田中殿が来た世界の話を、少し聞かせてくれ」

「長くなりますが」

「構わない。長い話が好きではないが、田中殿の話は聞いてみたい」

「わかりました。話します」


 客間に戻った。

「レオン、今日はどうでしたか」とレオンが言った。

「良かったです」と田中が言った。

「ドランの王の懸念が出てきましたね。全会一致への抵抗」

「そうですね。大国の正当な懸念です」

「田中の説明で、少し変わりましたか」

「少し変わったと思います。ただ、まだ納得はしていません」

「もう一日必要ですか」

「そうです。明日、もう少し話せれば、方向性が見えます」

「田中、明日は元の世界の話をするんですか」

「そうです」

「どんな話をしますか」

「元の世界でも、板挟みがあった、という話をしようと思っています」

「板挟みですか」

「ドランの王は大国の王です。周辺の小国と同じ仕組みに入ることへの抵抗がある。それは、上司と部下の間で板挟みになる感覚と似ているかもしれません」

「なるほど」

「板挟みは、どこの世界でも同じだ、という話をします。そして、板挟みを解消する方法が、やることを見つけることだと話します」

「元の世界の話が、ここでも使えるんですね」

「そうかもしれません」

「タナカ、この世界に来て、元の世界の経験が全部使えていますね」

「そうですね」

「元の世界でやってきたことが、この世界でも同じく通じています」

「そうかもしれません」

「それは、タナカが積み上げてきたものが、場所を選ばない、ということですよね」

「そうかもしれません」

「タナカ、それが、タナカの強さです」

「そうかもしれません」

「受け取ってください」

「……受け取ります」

「良かったです」


 夜、田中はメモを整理した。

 【ドラン二日目・記録】

 ・ドランの王の懸念:全会一致の原則。大国が小国と同じ一票。それへの抵抗。

 ・田中の説明:全会一致は、ドランを守る仕組みでもある。全員が安心できる仕組み。

 ・王の反応:少し変わった。ただし、まだ納得していない。

 ・明日の方針:元の世界の話をする。板挟みの話が、王に届くかもしれない。

 最後に一行書き足した。

 ・ドランの王は、話が通じる相手だった。懸念を正直に言ってくれた。それが一番大事だ。


次回「第百十一話 田中がドラン王国に行くことになった」へつづく

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