第百八話 王様が一人で判断した日
第百八話 王様が一人で判断した日
前話までのあらすじ
ドランへの外交方針が決まった。田中が先にドランを訪問することになった。
三国が田中を先に出すという合意ができた。
「ドランに行くことになった。知らない国だが、怖くない。やってみないとわからないから」とメモに書いた。
田中がドランに向けて出発する前日の朝。
レオンが田中のところに来た。
「タナカ、西の国・セルム公国から使者が来ています」
「セルムから、ですか」
「そうです。今朝、城門に来ました。王様への書状を持っています」
「王様は知っていますか」
「まだです。タナカに先に伝えた方がいいと思って」
「そうですか。王様に伝えてください。田中が行く前に、対応が必要かもしれません」
「わかりました」
「書状の内容は」
「まだ確認していません」
「確認してから、王様に報告します」
書状を開いた。
読んだ。
内容は一点だった。
『三国同盟について、セルム公国は懸念を持っている。この同盟が周辺国への影響力拡大につながる意図がないか、確認したい』
田中はレオンに見せた。
「どう思いますか」
「懸念を伝えてきた、ということですね」とレオンが言った。
「そうです。ドランとは違います。ドランは参加を打診してきた。セルムは懸念を伝えてきた」
「対照的ですね」
「そうです。どちらも、三国同盟に気づいている。ただ、反応が違います」
「セルムへの対応は、どうしますか」
「田中が対応する前に、王様に判断していただきます」
「王様に、ですか。田中がいつも整理してから報告しますが、今回は違うんですか」
「そうです。今回は、整理した内容ではなく、書状をそのまま王様に見てもらいます。王様が自分で判断できるかどうか、確認したいです」
「タナカ、それは引き継ぎのための確認ですか」
「そうかもしれません」
「田中がドランに行って、いない間に何かが起きたとき、王様が動けるかどうかを確認したいということですか」
「そうです」
「わかりました」
王様のところに行った。
「セルムから書状が来ました。田中が整理する前に、陛下に直接見ていただけますか」
「余が、か」
「はい。内容を読んで、どう対応すべきか、陛下が判断してください」
「田中が整理しなくていいのか」
「今日は、そうしたいです」
「わかった」
王様は書状を読んだ。
一回読んだ。
もう一回読んだ。
「懸念を伝えてきた、ということだな」
「そうです」
「影響力の拡大ではないか、という懸念だ」
「そうです」
「この懸念は、正当か」
「どう思いますか」
「余が聞いているんだが」
「そうですね。田中の考えは、後で言います。まず、陛下の考えを聞かせてください」
「そうか。では余が考える」
王様はしばらく考えた。
「懸念は正当だと思う」
「そうですか」
「三国が同盟を結べば、周辺国は警戒する。それは当然だ。余が逆の立場でも、警戒する」
「なるほど」
「ただ、余たちの同盟は、影響力の拡大を目的にしていない。北の問題への対処と、三国の繋がりのためだ」
「そうですね」
「それを、セルムに伝えればいい」
「どうやって伝えますか」
「直接会って話す」
「陛下が、ですか」
「そうだ。余が直接セルムの使者に会って、余の口から伝える。それが一番確実だ」
「田中なしで、ですか」
「そうだ。田中がいつもやっていることだ。直接会って、話を聞いて、事実を伝える」
「できますか」
「できる。田中が来てから、余はずっと見てきた。今日は余がやる」
「わかりました。お願いします」
「田中は見ているか」
「見ていていいですか」
「いてくれ。ただし、口は挟むな」
「かしこまりました」
応接室に、セルムの使者を通した。
王様が座った。
田中は部屋の端に立った。
レオンが横にいた。
「よく来てくれた。余が直接対応する」
使者は少し驚いた顔をした。
「王様が直接お会いいただけるとは、光栄です」
「余は、大事な話は直接する」
「そうですか」
「書状を読んだ。セルムは、三国同盟について懸念を持っている」
「はい。影響力の拡大につながるのではないか、という懸念です」
「正当な懸念だ」
「そうでしょうか」
「余が逆の立場でも、同じ懸念を持つ。大きな同盟が近くに生まれたら、警戒する。それは自然なことだ」
「そうですね」
「ただ、余たちの同盟は、影響力の拡大を目的にしていない」
「何を目的にしているのですか」
「北の問題だ」
「北の問題、ですか」
「山脈の向こうから来る問題だ。余一国では対処できなかった。魔王と、ランセルと、一緒に対処するために同盟を結んだ」
「それが、本当の目的ですか」
「本当の目的だ。余が嘘をつく理由がない。セルムには、北の問題が関係ないか」
「関係がないとは言えません。遠いですが、動物の動きの変化は確認しています」
「そうか。では、共通の問題がある」
「共通の、ですか」
「共通の問題があれば、話し合える。影響力を拡大するためではなく、共通の問題に一緒に取り組むために同盟がある。それが余の答えだ」
使者はしばらく考えた。
「王様、一点だけ確認させてください。セルムが同盟に参加しなくても、敵対しないということですか」
「そうだ。参加しないことを責める気はない。ただ、情報を共有することは、双方にとって有益だと思っている」
「情報の共有ですか」
「北の問題についての情報だ。セルムが持っている情報と、余たちが持っている情報を共有すれば、双方が状況をよく把握できる」
「それは、参加しなくてもできることですか」
「できる」
「なるほど」
「セルムが参加するかどうかは、セルムが決めることだ。余が急かすことはない」
使者の顔が、少し和らいだ。
「王様、今日、直接お会いいただいて、良かったです」
「余も良かった。書類だけではわからないことが、話すとわかる」
「そうですね」
「返事は、セルムに持ち帰って、報告してくれ。余からの言葉として、伝えてくれ」
「かしこまりました」
使者が帰った後、田中は王様に言った。
「陛下、見事でした」
「どこが見事だったか、言え」
「三点あります」
「言え」
「一点目。懸念を否定せず、正当だと認めました。それで、使者が話しやすくなりました。二点目。北の問題を共通の話題にしました。影響力の話ではなく、共通の問題の話にしました。三点目。参加しなくても情報共有できると伝えました。それで、セルムが選択できる余地を作りました」
「三点とも、田中がいつもやっていることだな」
「そうです」
「余が、田中のやり方でやった」
「陛下がやったんです」
「どちらも本当だ」
「そうですね」
「田中、余は今日、一人でやれた」
「そうですね」
「田中がいなくても、やれる」
「そうです」
「田中がいなくなっても、余は動ける」
「そうです」
「それが、今日わかった」
「今日わかったんですね」
「今日、試してみた。やってみないとわからなかった」
「そうですね」
「やってみたら、できた」
「そうです」
「田中の言葉が、今日使えた」
「王様が使えるようになったんです」
「どちらも本当だ」
「そうですね」
王様は少し間を置いた。
「田中、明日、ドランに行くな」
「そうです」
「行ってこい」
「はい」
「帰ってこい」
「帰ります」
「余は、ここで待っている」
「はい」
「田中がいない間も、余は動く」
「そうですね」
「今日証明したから」
「そうです」
「田中、安心して行ってこい」
「……ありがとうございます」
「珍しくすぐ言えたな」
「今日は、言わないわけにいかないので」
「そうか」
「はい」
「わかった」
夜、田中は出発の準備をした。
鞄に荷物を入れた。
白紙の羊皮紙を十枚。羽ペンを二本。インク。スマートフォン。
今日は、資料も入れた。
ドランについてのカラの情報をまとめた一枚。
三国同盟の概要を簡単にまとめた一枚。
二枚だけだった。
鞄を閉じた。
レオンが来た。
「準備できましたか」
「できました」
「明日は早いですね」
「夜明け前に出ます」
「わかりました。私も早く来ます」
「来なくていいです」
「来ます」
「どうしてですか」
「見送りたいからです」
「そうですか」
「タナカが旅に出るとき、いつも見送りたいです」
「ありがとうございます」
「珍しくすぐ言えましたね」
「今日は言える日です」
「今日は何度目ですか」
「数えていません」
「だんだん言える回数が増えていますね」
「そうかもしれません」
「良い変化です」
「そうですね」
「タナカ、今日の王様はどうでしたか」
「見事でした」
「私もそう思いました。田中のやり方で、田中なしでやっていました」
「そうですね」
「あれを見て、私も思いました」
「何をですか」
「タナカがいなくなっても、この城は続く、と」
「そうですね」
「続きます、絶対に」
「レオンが続けてくれるからです」
「どちらも本当だ」
「そうです」
「わかりました。では、明日早く来ます」
「よろしくお願いします」
レオンは部屋を出た。
田中は一人になった。
窓を開けた。
北の空を見た。
山脈が見えた。
光がなかった。
「OLA、明日、新しい国に行きます。またやることが増えました」
返事はなかった。
当然だった。
ただ、言いたかった。
田中は窓を閉めた。
メモアプリを開いた。
一行書いた。
・王様が一人で判断した。田中がいなくても、この城は動く。それが今日証明された。
次回「第百九話 東の国・ドラン王国から使者が来た」へつづく




