第百二話 魔王城が変わり始めている
第百二話 魔王城が変わり始めている
前話までのあらすじ
アレンが前線でゲルトと普通に話せた。同盟が現場を変え始めていた。
アレンが「同じことを考えているとわかった、という感覚が変化だ」と報告書に書いた。
「同盟が、現場を変え始めた。それが今日の一番大事なことだった」とメモに書いた。
シアから手紙が来た。
今回は、月次情報交換の報告ではなかった。
「田中に伝えたいことがある」という内容だった。
レオンが翻訳した。
「タナカ、シアさんから手紙です。少し長いです」
「どんな内容ですか」
「魔王城の変化について、詳しく書いてあります」
「読んでください」
「はい。最初に、グレイドについてです。グレイドが若い幹部たちに週に一度、話す時間を作っているとのことです。内容は、三十年間の経験と、城の歴史だそうです」
「定期的にやっているんですね」
「そうです。シアさんが書いています。『最初は、グレイドが一方的に話すだけかと思っていた。ただ、若い幹部たちから質問が出るようになってきた。グレイドが答えながら、自分も考えるようになっている』と」
「グレイドが答えながら、考えている」
「そうです。教えながら、自分も学んでいる、ということですね」
「そうかもしれません。続きを読んでください」
「はい。次に、魔王陛下についてです。『魔王陛下が、先週、城の外に出た』と書いてあります」
「城の外に、ですか」
「そうです。近くの村に行ったとのことです。シアさんも驚いたと書いています。魔王陛下が城の外に出ることは、余計なかったとのことです」
「何のために行ったんですか」
「村人の話を聞きに行ったとのことです。同盟成立後、魔王領の村がどう変わったか、直接見たかったと言っていたそうです」
「魔王陛下が、自分で村に行ったんですね」
「そうです。田中がいつもやっていることを、魔王陛下がやった、とシアさんが書いています」
「そうですか」
「続きがあります。村人が、最初は驚いていたとのことです。ただ、魔王陛下が普通に話しかけると、普通に話してくれたとのことです」
「そうですか」
「魔王陛下が帰城した後、シアさんに言ったとのことです。『余は長く、書類で全部わかると思っていた。ただ、実際に行ってみると、書類に書いていないことがたくさんあった』と」
「書類に書いていないことがある、ですか」
「そうです。シアさんが書いています。『田中が現場を見ることを大事にしていた理由が、陛下にもわかった気がする』と」
「魔王陛下が、現場に行ってわかったんですね」
「そうです」
田中はしばらく考えた。
魔王が村に行った。
田中が最初に来てから、何度も話してきたことだった。
書類は大事だ。ただ、現場も大事だ。
それを、魔王が自分で確かめに行った。
誰かに言われたからではなく、自分で行きたくて行った。
「レオン、続きがありますか」
「はい。もう一点あります」
「どんな内容ですか」
「手順書についてです。ロイド卿とシアさんが作った軍の手順書を、魔王城の幹部たちと一緒に読む会をやったとのことです」
「手順書を一緒に読む会ですか」
「そうです。シアさんが提案したとのことです。書類を作るだけでなく、全員が読んで理解することが大事だと思った、と書いています」
「シアさんが提案したんですね」
「そうです。その会で、グレイドが発言したとのことです」
「グレイドが何を言いましたか」
「手順書の一点について、修正を提案したとのことです。三十年の経験から、この状況ではこの対応より別の対応の方が良い、という意見を出したとのことです」
「グレイドが修正を提案した」
「そうです。シアさんが書いています。『グレイドの意見は正しかった。手順書が、より良くなった。グレイドの三十年が、初めて文書に活かされた』と」
「グレイドの経験が、文書に入ったんですね」
「そうです。シアさんが最後にこう書いています。『田中、魔王城が変わっている。田中が来たときとは、全然違う城になっている。田中が変えたのではない。魔王陛下が、グレイドが、幹部たちが、変えた。ただ、田中がいなければ、始まらなかった。どちらも本当だ』と」
田中はしばらく黙った。
「シアさんが、どちらも本当だ、と書いてきましたね」とレオンが言った。
「そうですね」と田中が言った。
「シアさんも、この言い方を自分のものにしていますね」
「そうですね」
「タナカ、どんな気持ちですか」
「良かった、という気持ちがあります」
「それだけですか」
「もう少し、あります」
「なんですか」
「グレイドの三十年が、文書に入った、というのが、良かったです」
「そうですね」
「グレイドは最初、この城を守ろうとして間違えた方向に動いていました。今は、守り方が変わった。経験を渡すことで守っている。それが良かったです」
「グレイドが変わったんですね」
「そうです。グレイドが変わったから、手順書が良くなった。それが積み上げです」
「タナカ、シアさんへの返事を書きますか」
「書きます。ただ、今日は少し時間をください」
「なぜですか」
「受け取りたいことが多いので、少し整理してから書きます」
「わかりました」
夕方、田中はシアへの返事を書いた。
『シア、手紙をありがとうございます。魔王城が変わっていると聞いて、良かったと思いました。グレイドの三十年が文書に入ったこと、魔王陛下が村に行ったこと、シアさんが手順書を読む会を提案したこと。全部、田中がいない場所で起きていることです。それが、本物の変化だと思います。シアさんが書いてくれた通りです。どちらも本当です』
書いてから、もう一文加えた。
『魔王陛下が村で言っていた言葉、「書類に書いていないことがたくさんあった」という言葉、田中も同じことを思いながら動いてきました。魔王陛下が同じことに気づいた。それが、田中には一番嬉しかったです』
封じた。
レオンに渡した。
「今日中に出してもらえますか」
「はい。タナカ、今日は手紙を書くのが早かったですね」
「整理できたので」
「どんな整理をしましたか」
「受け取ることを、整理しました」
「受け取ること、ですか」
「シアさんからの手紙に、たくさん良いことが書いてありました。全部受け取るのに、少し時間が必要でした」
「全部受け取れましたか」
「受け取れました」
「良かったです」
「レオン、一つだけ」
「はい」
「今日、シアさんの手紙を翻訳してくれましたね」
「そうです」
「レオンが読んでいるとき、どんな気持ちでしたか」
「私もですか」
「はい」
「嬉しかったです」
「なぜですか」
「私も、シアさんや魔王城の変化に、少し関わってきたと思っているからです。最初に私がシアさんに手紙を書いたとき、緊張しました。今は、シアさんから手紙が来ることが、当たり前になっています。その変化が嬉しかったです」
「そうですね」
「タナカ、私も変わりましたよ」
「そうですね。レオンも変わりました」
「どちらも本当ですか」
「どちらも本当です」
「良かったです」
夜、王様に報告した。
「魔王陛下が村に行きました」
「そうか。魔王が、か」
「はい。村人の話を聞きに行ったとのことです」
「田中がいつもやっていることだな」
「そうですね」
「魔王も、やるようになったか」
「そうです」
「田中が来てから、余も変わった。魔王も変わった。シアも変わった。全員が変わっているな」
「そうですね」
「田中、一つだけ」
「はい」
「余は、魔王が村に行ったという話を聞いて、少し嬉しかった」
「そうですか」
「魔王が変わることで、魔王領が変わる。魔王領が変われば、三国がもっと近くなる。それが嬉しかった」
「そうですね」
「田中が来なければ、こうはならなかった」
「魔王陛下が動いたからです」
「どちらも本当だ」
「そうですね」
「田中も本当だ」
「そうかもしれません」
「わかった」
王様は少し笑った。
夜、田中はメモを整理した。
【本日の完了事項】
・シアからの手紙:受領。魔王城の変化を把握した。
・シアへの返事:送付済み。
・王様への報告:完了。
最後に一行書き足した。
・魔王陛下が村に行った。グレイドの経験が文書に入った。田中がいない場所で、変化が続いている。それが本物の変化だ。
次回「第百三話 ランセルからの新しい情報」へつづく




