第百一話 アレンが前線で変化を感じた
第百一話 アレンが前線で変化を感じた
前話までのあらすじ
三国同盟が成立した。初めての三国月次情報交換が行われた。レオンが進行を担当し、田中は聞いているだけだった。
シアが「田中が作ったものが、田中なしで動いている。それが本物の仕組みだ」と言った。
「三国が揃った月次情報交換が始まった。田中は聞いていただけだった。それが、積み上げだ」とメモに書いた。
同盟成立から二ヶ月が経った。
アレンが帰ってきたのは、夕方だった。
いつもより、少し早い帰還だった。
田中は中庭で書類を確認していた。
アレンが走ってきた。
「タナカさん、報告があります」
「どうしましたか。早かったですね」
「はい。今日、前線で変なことが起きました」
「変なこと、というのは」
「良い意味での、変なことです」
「座って話してください」
二人で中庭の縁に座った。
「今日、山脈近くの村を巡回していました」とアレンが言った。
「はい」と田中が言った。
「途中で、魔王軍の兵士と会いました」
「そうですか」
「以前も何度か会ったことがある兵士です。ゲルトです」
「ゲルトさんですね。以前、腹が減った話をした方ですね」
「そうです。今日も会って、少し話しました。ただ、今日は以前と違いました」
「どう違いましたか」
「以前は、お互いに少し緊張していました。今日は、緊張がなかったです」
「緊張がなかった」
「そうです。ゲルトが、普通に声をかけてきました。『今日は何を調べているんだ』と」
「普通に声をかけてきたんですね」
「はい。俺も普通に答えました。村の様子を確認している、と」
「そうですか」
「それから、少し話しました。北の山脈の状況が最近落ち着いている、という話をしました。ゲルトも、魔王城周辺でも同じだと言っていました」
「情報を共有したんですね」
「そうです。友達みたいに、という感じではないですが、仕事の話を普通にしました」
「それが変化ですね」
「そうだと思います。同盟の前は、こういう会話はなかったと思います」
「そうですね」
「同盟が成立したから、こうなったんですか」
「そう思います。書類が変わると、現場が変わる。時間がかかりますが、変わります」
「書類が現場を変えるんですね」
「そうです。同盟文書にサインしたことが、ゲルトさんの声のかけ方を変えた」
「なるほど」
「アレンさん、今日のことを報告書に書いてください」
「書きます。ただ、どんなことを書けばいいですか」
「ゲルトさんと何を話したか。以前との違いは何か。どんな変化を感じたか。それだけです」
「わかりました」
「詳しく書かなくていいです。感じたことを、アレンさんの言葉で書いてください」
「アレンさんの言葉で、ですか」
「そうです。田中が書いた報告書より、アレンさんが書いた報告書の方が、前線の実感が伝わります」
「俺の方が価値があるんですか」
「今回のことに関しては、そうです」
「わかりました。書きます」
夜、アレンが報告書を持ってきた。
「書きました」
「ありがとうございます」
田中は読んだ。
一枚だった。
簡潔だった。
ただ、実感が伝わってきた。
「良い報告書です」
「そうですか」
「一点だけ、確認させてください」
「はい」
「この一文です。『以前は、相手が何を考えているかわからなかった。今日は、同じことを考えているとわかった。それが変化だと思う』という部分」
「はい」
「これは、アレンさんが感じたことですか」
「そうです。言葉にするのが難しかったですが、書いてみました」
「良い言葉です」
「そうですか」
「同じことを考えているとわかった、という感覚が、同盟の本質かもしれません」
「本質ですか」
「同盟とは、書類ではなく、同じことを考えているとわかった、という感覚が積み上がることだと思います」
「なるほど」
「アレンさんが今日感じたことが、同盟の本質を言語化しました」
「俺が言語化したんですか」
「そうです」
「タナカさんじゃなくて」
「タナカさんには、今日の前線の経験がありません。アレンさんにしか書けないことです」
「そうか」
「そうです」
「タナカさん、ありがとうございます」
「アレンさんが書いてくれたからです」
「どちらも本当だ」
「そうですね」
「この言い方、完全に身についてきました」
「そうですね」
「タナカさんの言葉が、俺の言葉になっています」
「アレンさんの言葉になったんです」
「どちらも本当だ」
「そうです」
二人で笑った。
翌日、田中はアレンの報告書を三国に送った。
レオンが翻訳を担当した。
「今回の報告書、内容が良いですね」とレオンが言った。
「そうですね」と田中が言った。
「アレンさんらしい言葉で書いてあります」
「そうです。アレンさんの言葉で書いた報告書は、田中が書いた報告書より伝わるものがあります」
「現場の実感が入っているからですね」
「そうです。これからも、アレンさんに前線の報告書を書いてもらいましょう」
「田中ではなく」
「田中には書けないことが、アレンさんには書けます。それぞれが書けることを書く方が、良い報告書になります」
「役割分担ですね」
「そうです」
「タナカ、一つだけ」
「はい」
「最近、田中が直接やることが減っていますね」
「そうですね」
「どう思っていますか」
「良いことだと思っています」
「寂しくないですか」
「少し、あります」
「少し、ですか」
「そうです。全部やっていた頃の方が、忙しかったです。忙しさが、やっている実感を作っていた部分があります」
「今は、やっている実感がないですか」
「違う種類の実感があります。全員が動いているのを見ているときの実感です。これも、やっていることの一つです」
「タナカが変わりましたね」
「そうかもしれません」
「良い変化ですよ」
「そうですね」
その日の夕方、王様が田中を呼んだ。
「田中、アレンの報告書を読んだ」
「そうですか」
「ゲルトという兵士と、普通に話せた、という報告だな」
「そうです」
「それを読んで、余は思ったことがある」
「なんですか」
「同盟が成立したとき、余は書類が変わったと思っていた。ただ、アレンの報告書を読んで、現場が変わっていることがわかった」
「そうですね」
「書類が現場を変えた」
「時間がかかりましたが、変わりました」
「田中がいつも言っていたことだ。少しずつ積み上がる、と」
「そうですね」
「余は、書類が変わるだけで現場が変わるとは、最初は信じていなかった」
「そうでしたね」
「今日、信じられた」
「王様が変わったんです」
「どちらも本当だ」
「そうですね」
「田中、次は何が変わると思うか」
「人が変わります」
「人が、ですか」
「現場が変わると、次は人が変わります。ゲルトさんとアレンさんが普通に話せた。その経験が、二人の中に残ります。二人が変わると、周りに伝わります。そうやって、人が変わっていきます」
「少しずつ、か」
「そうです」
「田中、この変化は、同盟が成立したからだな」
「そうです」
「同盟が成立したのは」
「三国が動いてくれたからです」
「どちらも本当だ」
「そうですね」
「田中も本当だ」
「そうかもしれません」
「わかった」
王様は少し笑った。
田中も少し笑った。
夜、田中はメモを整理した。
【本日の完了事項】
・アレンの報告書:受領。三国に送付。
・王様への報告:完了。
・今日の発見:書類が現場を変える、という事実が、ゲルトとアレンの会話で証明された。
最後に一行書き足した。
・同盟が、現場を変え始めた。それが今日の一番大事なことだった。
次回「第百二話 魔王城が変わり始めている」へつづく




