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第九話 騎士団長は話が早くて助かった

第九話 騎士団長は話が早くて助かった


前話までのあらすじ

五日遅れで帰還したアレンは、左腕に怪我を隠していたが田中にすぐ見抜かれ、城医に送られた。

帰還報告の聴取では、魔王軍の偵察部隊が砦北から東の山方向へ移動していることが判明。古い地図と照合すると、東側に迂回できる旧街道があることがわかった。

王様への報告後、東街道への見張り配置を騎士団長ロイドに打診することになった。

また、アレンの「寄り道」問題については、禁止ではなく事前承認制にする方向で田中が調整を引き受けた。

経費精算では、アレンの財布の中身がぴったり合ったことにアレン本人が一番驚いていた。


 二十四日目の朝。

 田中はレオンに騎士団長ロイドのことを聞いた。

「どんな人ですか」

「五十代。元は辺境の出身で、武功を重ねて騎士団長になった方です」

「性格は」

「……一言で言うと、硬い」

「硬い」

「口数が少なくて、表情が変わらなくて、何を考えているかわかりにくい。騎士たちからは慕われていますが、近づきにくいと言われています」

「貴族との関係は」

「よくないです。もともと貴族の出ではないので、貴族たちから下に見られることがあって、本人もそれを快く思っていない」

 田中はメモに書いた。

 ・ロイド卿:実力主義、口数少、対貴族関係悪。プライドが高い可能性あり。

「打ち合わせの前に、一点確認してもいいですか」

「なんですか」

「ロイド卿は、今回の見張り配置の話を、私から聞くことをどう思うと思いますか」

 レオンは少し考えた。

「……素性不明の補佐官が騎士団に指示を出す形になるので、面白くないかもしれません」

「ですよね」

 田中はメモに書き足した。

 ・注意点:指示ではなく相談の形で話す。ロイド卿の判断を尊重する姿勢を前面に出す。


 騎士団の詰め所は、城の東棟にあった。

 田中が訪ねると、当番の騎士が中に通してくれた。

 ロイドは机に向かって書類を見ていた。

 田中の想像より、大きかった。座っていても肩幅がある。髪は短く白髪交じりで、顔に古い傷跡があった。目が鋭かったが、田中を見ても特に表情は変わらなかった。

「補佐官殿、でしたか」

「はい、田中義則です。お時間をいただきありがとうございます」

「陛下から話は聞いている。東の街道の件だな」

「はい」

 田中は資料を出そうとした。

 ロイドが言った。

「地図は持っているか」

「はい」

「見せてもらえるか」

 田中は地図を広げた。

 ロイドは立ち上がり、地図を覗き込んだ。

「この街道か」

 ロイドの指が、東の旧街道を正確になぞった。

「ご存知でしたか」

「知っている。二十年前に一度、ここで小競り合いがあった。そのときに現地を歩いた」

 田中は少し驚いた。

「では、この街道の危険性はすでに認識されていた」

「していた。ただ、平時は使う者がいないので、後回しになっていた」

「今回、魔王軍の偵察部隊がこの方向に移動した形跡があります」

「アレンの報告か」

「はい」

 ロイドはしばらく地図を見た。

「見張りの配置、何人必要だと思う」

 田中は一瞬止まった。

 聞かれると思っていなかった。

「私には騎士の運用の専門知識がないので、ロイド卿のご判断に委ねたいのですが」

「補佐官の見立てを聞いている」

「……であれば、街道の出入り口二箇所に最低限の人数と、週一回の巡回ルートを設けるのが現実的かと思います。ただ、これは机上の話ですので、現場を知るロイド卿の判断が優先です」

 ロイドは田中を見た。

 三秒ほど、無言で見た。

「わかった」

「……え」

「その方向で手配する。巡回は週二にする」

「週二で構いませんか、人員的に」

「問題ない。東棟の第三隊が持ち回りで対応できる」

「ありがとうございます。王様への報告は私からしてよろしいですか」

「頼む。私は書類仕事が得意ではないので」

 田中はメモを取った。

 ロイドが続けた。

「報告書の様式があれば、今後はそれに合わせる」

「様式をお作りしましょうか」

「作ってもらえるなら助かる」

「いつまでに必要ですか」

「急がなくていい。今週中で十分だ」

「わかりました」

 田中は頭を下げた。

 ロイドが言った。

「一点、聞いていいか」

「はい」

「お前、どこの出身だ」

「遠い場所です。詳しいことは私にもわかりません」

「陛下はそれで纏まっているのか」

「一応は」

「ならいい」

 ロイドは椅子に戻り、書類に視線を戻した。

 田中は退室しようとして、ロイドが言った。

「補佐官」

「はい」

「アレンの報告書、あれはお前が書いたのか」

「口頭で聞いて私が書きました」

「正確だった。現場を見た人間の情報がちゃんと入っていた」

「アレンの観察が正確なので、書き起こすのは難しくありませんでした」

 ロイドは少し間を置いた。

「……アレンは戦えるが、報告が苦手だ。いつも情報が断片的で、何度聞き直しても要領を得なかった」

「聞き方を変えると、話してくれます」

「そうか」

「今後、アレンが戻ったときの報告は、私が取りまとめてロイド卿にも共有します。必要な情報があれば、様式に追加しますので言ってください」

 ロイドは田中を見た。

 また三秒ほど、無言で見た。

「……助かる」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 田中は頭を下げて、部屋を出た。


 廊下に出たところで、レオンが待っていた。

「どうでしたか」

「話が早かったです」

「え、もう終わったんですか」

「はい」

「何分でしたか」

「十五分くらいです」

 レオンは目を丸くした。

「ロイド卿が十五分で話をまとめたのを見たことがない。いつも無言で終わるか、後日返答になるか、どっちかなんですが」

「知識と経験がある方なので、情報を渡せばあとは判断してくれました」

「それだけですか」

「あとは、指示ではなく相談の形にしたのと、判断はロイド卿に委ねたのが良かったと思います」

 レオンはしばらく考えた。

「……タナカが来てから、城の中が少しずつ変わっている気がする」

「何かまずいことがありましたか」

「そうじゃなくて。なんか、物事が動くようになってきた」

「それは良かったです」

「タナカはそれで嬉しくないんですか」

 田中は少し考えた。

「やることが終わったときは、まあ、悪くないと思います」

「それが嬉しい、ってことじゃないんですか」

「似たようなものかもしれません」

 レオンは少し笑った。

「わかりにくい人だな、タナカは」

「よく言われます」

「何回目ですか」

「数えていません」


 午後、田中はアレンを呼んだ。

「遠征のルールについて、話し合いをしたいです」

 アレンは椅子に座り、少し身構えた。

「怒られますか」

「怒りません。ルールを作る話です」

「……なんで怒らないんですか、寄り道したのに」

「怒っても状況は変わらないので。それより、今後どうするかを決めた方がいいです」

 アレンは少し気が抜けた顔をした。

「ルールって、寄り道禁止ですか」

「禁止にしません」

「え」

「寄り道を禁止しても、アレンさんはすると思います」

「……まあ、します」

「正直ありがとうございます。なので、禁止ではなく、事前に知らせてもらう形にします」

「事前に?」

「寄り道しそうなときに、行き先と理由と日数を伝言してもらえれば十分です。それだけで、こちらも動きが取れます」

 アレンは少し考えた。

「……それだけでいいんですか」

「はい」

「伝言ならできます」

「ありがとうございます。あと、村の案件のように民に関わることをした場合は、帰還報告に状況を追加してください。どんな問題があって、どう解決したかを簡単に」

「それも私が話して、タナカさんが書くんですか」

「最初のうちはそうします。慣れてきたら、アレンさんに書いてもらいます」

「……慣れるかな」

「慣れます」

「自信あるんですね」

「アレンさんは観察眼があります。書くのが苦手なだけで、情報はちゃんと持っています。あとは形式の問題です」

 アレンは少し黙った。

「タナカさんって、なんで俺のことそんなに把握してるんですか」

「話を聞いていれば、だいたいわかります」

「みんな、俺のことわかりにくいって言うんですが」

「言葉が少ないだけで、行動で全部出てます」

 アレンはまた少し黙った。

 それから、ぽつりと言った。

「……今まで、こういう話をしてくれる人がいなかった」

「どういう話ですか」

「怒らないで、ルールを作ろうって話。いつも勝手にやりすぎって怒られるか、好きにしろって放置されるか、どっちかで」

 田中は少し考えた。

「怒っても放置しても、改善しませんから」

「そうですよね」

「アレンさんが戦えない状況になると、困るのはこちらなので。管理するのは私の仕事です」

 アレンは田中を見た。

「管理って、なんか……嫌な言葉に聞こえるかと思ったけど、タナカさんが言うとそうじゃない感じがする」

「管理は、うまくいくようにする、という意味なので」

「うまくいくように、か」

「はい」

 アレンはしばらく窓の外を見た。

 それから言った。

「タナカさん、俺、ちゃんと報告します」

「ありがとうございます。助かります」

「あと、経費も記録します」

「それも助かります」

「何かあったら、言ってください。できることはします」

 田中は頷いた。

 それから、メモに書いた。

 ・アレン:遠征ルール合意。事前伝言制、帰還報告への民情追加で決着。

 ・所感:育ってきている。


 夜、田中はロイドへの報告書様式を作りながら、今日一日を振り返った。

 ロイドとアレン、二人との話がどちらもうまくいった。

 ロイドは知識と判断力がある。情報を渡せば動く。ただし、プライドがある。対等な形で話せば問題ない。

 アレンは行動力がある。ルールを嫌がるわけではない。ただし、頭ごなしに言われると動かない。理由を説明すれば動く。

 二人とも、扱いにくいと思われているが、扱いにくいのではなく、対話の形が合っていなかっただけだ。

 田中はメモに書いた。

 ・ロイド卿:情報共有ルートを確立。騎士団との連携が取れるようになった。

 ・アレン:行動ルールを合意。管理可能な範囲に入ってきた。

 ・現在の協力体制:王様、レオン、ロイド卿、アレン。

 ・次の課題:貴族との関係整理、魔王軍への対応方針、そろそろ国全体の戦略を整理する必要がある。

 田中は様式を書き終えて、羽ペンを置いた。

 窓の外、城下町の明かりがぽつぽつと見えた。

 人が暮らしている。

 その人たちが明日も同じように暮らせるように、誰かが動かないといけない。

 田中は特に使命感があるわけではなかった。

 ただ、目の前にやることがある。

 やることがあるなら、やる。

 それだけだ。

 田中は新しい羊皮紙を取り出した。

 次のアクションリストを、書き始めた。


次回「第十話 そろそろ国全体の話をしないといけない」へつづく

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