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潰れかけ牧場を継いだ俺は、馬の才能と配合相性が見える――見捨てられた血統で勝ち上がり、生産界ごとひっくり返す  作者: ビッグサム


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第81話 越えたのは、今月だけ

 入金通知は、朝の事務所に届いた。


 美緒は端末の画面を見てから、帳簿を開いた。


 アオバノミチ。

 ハルノトーチ。


 二頭分の入金額を、黒いペンで一つずつ書き込む。


 数字は、久しぶりに赤字の横で踏みとどまっていた。


「入った」


 美緒はそう言った。


 声は明るくなりきらなかった。


 恒一は、机の端に置かれた二枚の作業表を見た。


 ハルノトーチ、久住側。脚元説明込み。

 アオバノミチ、佐伯・久我側。歩様評価込み。


 どちらも、黒峰側の紙にはならなかった。


 美緒は入金欄に丸をつけた。


 それから、すぐに別の紙を引き寄せる。


 来月支払い予定表。


 春までの乾草代。

 獣医代。

 削蹄費。

 輸送費の残り。

 ミカヅキノユメの預託管理。

 受胎後の追加確認。

 シラユキノハナの高齢受胎管理。

 シラユキノハナの一歳牡馬の育成費。


 丸をつけたばかりの入金額の横に、次の支払いが並んでいく。


 黒い数字は、すぐに細かく削られていった。


「今月は越えた」


 美緒は言った。


 ペン先は、来月支払い予定表の上で止まっている。


「でも、来月は来る」


「ああ」


「再来月も来る」


「来る」


「馬って、売れても食べるんだね」


 美緒は冗談みたいに言った。


 だが、笑わなかった。


 厩舎の方から、乾草を噛む音が聞こえる。


 売った馬の馬房は空いた。


 それでも、牧場から音が消えたわけではない。


 シラユキノハナは食べる。

 ミカヅキノユメも食べる。

 残した一歳牡馬も、これからもっと食べる。


 三浦が事務所に入ってきた。


 手には、補修箇所を書き出した紙がある。


「馬運車の出入りで、奥の柵が少し緩んだ。すぐ危ないわけじゃないが、直すなら今のうちだ」


 美緒が顔を上げる。


「金が入った日に言う?」


「入った日だから言うんだよ。後回しにすると、だいたい高くつく」


 三浦は紙を机に置いた。


 柵の補修。

 乾草置き場の屋根。

 給水設備の古い継ぎ目。

 事務所の雨漏り跡。


 直したいところはいくらでもある。


 売却金をそこへ回せば、作業は少し楽になる。

 毎朝の手間も減る。

 雨のたびに乾草を見に走る回数も減る。


 だが、支払い予定表の上には、別の数字が残っていた。


 飼料。

 獣医。

 繁殖牝馬。

 一歳牡馬。


 美緒は、乾草置き場の屋根の欄にペン先を置いた。


「ここ、直したいよね」


「直したい」


「次に雨が続いたら、怖い」


「ああ」


 美緒はペン先を動かしかけた。


 だが、すぐ下にある獣医確認の欄で止まる。


「でも、全部直したら、獣医確認を一回削ることになる」


 恒一は、支払い予定表を見た。


 ミカヅキノユメの受胎後確認。

 シラユキノハナの高齢受胎管理。


 短い文字の中に、削れないものが入っている。


「獣医確認は削らない」


 美緒は、乾草置き場の欄に置いていたペンを少し戻した。


 今度は、飼料費の欄を見る。


「飼料は?」


「削らない」


「繁殖牝馬の管理は?」


「削らない」


 三浦が補修紙の端を指で叩いた。


「なら、設備は絞るしかない。柵を残すなら、朝一で俺が見る。乾草置き場を残すなら、雨の日は誰かが走る。そこは消えないぞ」


「分かってる」


 恒一は補修紙を引き寄せた。


 柵。

 乾草置き場。

 給水設備。

 事務所。


 全部に丸をつければ、見た目は楽になる。


 だが、丸をつけた分だけ、馬の方から削ることになる。


「最低限だけにする」


 三浦が目を細める。


「柵は?」


 恒一は補修紙の柵の欄に線を引いた。


「危ないところだけ先に直す」


「乾草置き場は」


 美緒が、屋根の欄に小さく丸をつける。


「雨漏り部分だけ。全面は無理だ」


「事務所は」


 恒一は雨漏り跡の欄を見た。


 美緒もそこを見る。


 雨の日にバケツを置いた跡が、まだ床に残っている。


「後回し」


 美緒が、少しだけ眉を寄せた。


「事務所、またバケツ置くの?」


「馬房に置くよりいい」


 三浦が短く笑った。


「まあ、そこはそうだな」


 美緒は笑わなかった。


 ペンを持ち直し、設備補修の欄に細い線を引く。


 全面補修ではない。


 柵、危険箇所のみ。

 乾草置き場、雨漏り部分のみ。

 事務所補修、延期。


 その下に、別の文字を書く。


 飼料費確保。

 獣医確認維持。

 繁殖牝馬管理優先。


「これ、楽になってないよ」


「なってない」


「売れたのに」


「ああ」


「でも、潰れない日は少し増えた」


 美緒は小さく言った。


 それから、ミカヅキノユメの欄に印をつける。


「受胎後の追加確認、予定通りでいい?」


「予定通り」


「シラユキノハナは?」


「高齢だから、遅らせない」


「一歳牡馬は?」


 そこで、美緒の声が少し変わった。


 机の上には、育成預託費の見積もりが置かれている。


 まだ開いていない。


 封筒の端だけが、指で少し折れていた。


 恒一は、その封筒を見た。


 自家保留と決めた馬だ。


 売らないと決めた馬だ。


 だが、売らないと決めた瞬間から、金がかからなくなるわけではない。


 むしろ逆だ。


 残すなら、食わせる。

 残すなら、削蹄する。

 残すなら、獣医に見せる。

 残すなら、預け先を選ぶ。


 残すなら、急がせない金を作らなければならない。


 美緒は封筒を開けた。


 中の見積書を取り出す。


 育成預託費。

 初期馴致。

 放牧管理。

 装蹄・削蹄。

 獣医確認。

 輸送費。


 数字を見た瞬間、美緒のペンが止まった。


 事務所の中が静かになる。


 外では、シラユキノハナが乾草を噛む音がしていた。


「兄さん」


「なんだ」


 美緒は見積書から目を離さなかった。


「もう一歳なんだよね。この子」


 恒一は、窓の向こうの厩舎を見た。


 セリで越えたのは、今月だけだった。


 次は、残した馬の時間を買わなければならない。


---


榊原恒一の現状


- 牧場経営力:A-

- 配合読解:B

- 繁殖観察:A

- 若駒評価:A

- 現場判断:A

- 資金繰り判断:A

- 交渉・信頼:A

- 牧場再建度:50%


榊原ファーム経営状況


- 現金余力:やや低

- 資金繰り危険度:高

- 繁殖牝馬群期待値:上昇

- 牧場ブランド:B

- 倒産危険度:高


補助表示


- ミカヅキノユメ:受胎後管理継続

- シラユキノハナ:高齢受胎管理継続

- シラユキノハナ一歳牡馬:自家保留継続/育成預託費見積もり確認へ

- 次の勝負:一歳牡馬の育成費と預託先選定

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