↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
潰れかけ牧場を継いだ俺は、馬の才能と配合相性が見える――見捨てられた血統で勝ち上がり、生産界ごとひっくり返す  作者: ビッグサム


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
78/100

第75話 二頭を同じ紙にしない

 美緒は、セリ場用の資料を二枚並べた。


 アオバノミチ。

 ハルノトーチ。


 一度、真ん中にクリップを置く。


 だが、留める前に指が止まった。


「これ、留めたら駄目だね」


「分かってるなら、留めるな」


 美緒はクリップを机に置いた。


「黒峰側の紙、二頭の名前が同じ欄に入ってる」


 恒一は差し出された資料を見た。


 二頭合算の金額。

 育成先推薦。

 榊原ファーム名義の前面表示可。


 そこまでは大きな文字だった。


 一番下だけ、小さい。


 今後三年間、配合相談の優先協議。


「金額、大きく書いてるね」


「ああ」


「嫌なところは小さい」


 美緒は支払い表を横に置いた。


「二頭まとめたら、乾草代は払える。獣医代も先送りしなくていい」


「そうだな」


「でも、この紙に判を押したら、来年の種付け相談の最初の電話先まで決められる」


「そこは渡さない」


「三年間だよ」


「三年間だ」


 美緒は端末を伏せた。


「借りは帳簿に出ないから嫌い」


 恒一は、アオバノミチの紙を左へ置いた。


 歩き。

 長く見る相手。

 早仕上げ不可。

 交渉継続。


 ハルノトーチの紙を右へ置く。


 見映え。

 脚元説明必須。

 急仕上げ不可。

 候補確認。


 二頭を一枚にまとめれば、金額は見やすくなる。

 だが、そのぶん馬は見えにくくなる。


 厩舎へ行くと、三浦が二頭の馬房の間に立っていた。


「先にどっちを出す」


「ハルノトーチ」


「目立つ方からか」


「ああ。ただし、脚元の紙を先に渡す」


「褒められる前に?」


「褒められてからだと、向こうは馬体しか見なくなる」


 三浦は黙って、ハルノトーチの左前を見た。


 ハルノトーチは通路側へ寄り、首を上げる。

 耳を立て、見られる姿勢を作る。


 セリ場の明かりを浴びれば、もっと映える。


 だから怖い。


 玲奈が馬房の前に来た。


「輸送前に左前をもう一度見ます。今すぐ悪いわけではありません。でも、テンションが上がると硬く使うかもしれません」


「お願いします」


「長く立たせない方がいいです」


 恒一は資料の端に書いた。


 展示時間を短く。歩様確認は静かな場所で。


 次に、アオバノミチの馬房へ向かった。


 アオバノミチは乾草を噛んでいる。

 人が増えても、急に顔を上げない。


 隣でハルノトーチが床を鳴らしても、耳だけを向ける。

 食べるのはやめなかった。


「こっちは、先に出しても人が止まらないな」


 三浦が言った。


「だから、人が減ってから歩かせる」


「損だぞ」


「損だ」


 美緒が作業表を抱え直す。


「通りすがりの人には見せないってこと?」


「蹄の置き方を見る人に見せる」


 アオバノミチが飼葉桶の縁を鼻で押した。


 小さな音がした。


 派手な馬ではない。

 人の目を奪う馬でもない。


 けれど、環境が変わっても自分を崩しにくい。


 そこを見せる。


 恒一はアオバノミチの資料に書いた。


 人が引いた後、歩かせる。

 蹄の置き方を見る相手のみ。


 事務所へ戻ると、美緒が支払い表を引き寄せた。


 乾草代の支払日。

 獣医代の残り。

 輸送費。

 セリ場での滞在費。


「黒峰側を断ったら、乾草代を一部待ってもらうことになる」


「分かってる」


「私が電話する」


「すまん」


「謝らないで。謝られると、私が金だけ見てるみたいになる」


 美緒は支払い表の一番下に書こうとして、ペン先を止めた。


 乾草屋の名前が、支払日の横にある。

 一週間待ってほしいと頼めば、相手はたぶん怒らない。

 だが、それは榊原ファームの支払いを、また一つ誰かの我慢に乗せるということだった。


 美緒は、ゆっくり書いた。


 乾草代、一部先送り交渉。


「二頭は別々に売る。でも、電話する財布は一つだよ」


「ああ」


「そこは忘れないで」


「忘れない」


 美緒はクリップをもう一度手に取った。


 二枚の資料へ近づける。


 だが、留めなかった。


 机の横へ置く。


「二頭は別々」


「ああ」


 三雲が黒峰側への返信文を見た。


「配合相談の優先協議は外す。育成先は推薦まで。決定権は榊原ファーム側に残す。……かなり強いね」


「弱く書いたら、また二頭を同じ欄に入れられる」


「このまま送る?」


 恒一は二枚の資料を見た。


 ハルノトーチは、見映えで持っていかれないように。

 アオバノミチは、地味さで捨てられないように。


 同じ紙にはできない。


「送ってください」


 三雲が端末を操作した。


 送信音が、小さく鳴る。


 しばらくして、厩舎の方から床を鳴らす音がした。


 ハルノトーチが通路側へ寄っていた。


 水桶は半分減っている。

 乾草も食べている。


 左前を置き直す仕草が、朝より少し目についた。


 玲奈がしゃがみ込む。


「腫れはありません」


「熱は?」


「強くはないです。でも、輸送前にもう一度見ます」


 三浦が床を見た。


「セリ場で見せる時間、さらに削るか」


「削る」


 恒一は作業表に書いた。


 ハルノトーチ:展示時間短縮。輸送前左前確認。


 その横に、美緒が書き足す。


 見映えで焦らない。


 アオバノミチの馬房では、乾草を噛む音が続いていた。


 こちらは変わらない。


 変わらないことが、この馬の売りになる。


 事務所へ戻ると、机の上には二枚の資料が並んでいた。


 アオバノミチ。

 ハルノトーチ。


 その間に、外されたクリップが一つ。


 黒峰側からの返信は、まだ来ていなかった。


---


榊原恒一の現状


- 牧場経営力:A-

- 配合読解:B

- 繁殖観察:A

- 若駒評価:A

- 現場判断:A

- 資金繰り判断:A-

- 交渉・信頼:A

- 牧場再建度:47%


榊原ファーム経営状況


- 現金余力:低

- 資金繰り危険度:高

- 繁殖牝馬群期待値:上昇

- 牧場ブランド:B

- 倒産危険度:高


補助表示


- シラユキノハナ牡馬:非売方針/見学対象外

- アオバノミチ:歩様評価上昇/人が引いた後に歩かせる方針

- ハルノトーチ:展示時間短縮/輸送前左前確認

- 黒峰側:二頭一括条件提示/配合相談優先協議を要求

- 佐伯側:条件理解あり/交渉継続

- 次の勝負:黒峰側が修正条件を飲むか

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。