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潰れかけ牧場を継いだ俺は、馬の才能と配合相性が見える――見捨てられた血統で勝ち上がり、生産界ごとひっくり返す  作者: ビッグサム


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第43話 説明は、値段になる

 配合説明の紙を作った翌朝、恒一はそれを机の上に置いたまま、しばらく見ていた。


 ただの紙だ。


 けれど、昨日までの紙とは重さが違う。


 シラユキノハナには、レッドアーク。

 ミカヅキノユメには、サウスエンブレム。


 そう決めた理由を、誰に聞かれても言えるようにした。

 つまり、もう言い訳はできない。


「兄さん」


 美緒が湯呑みを置きながら、紙を覗き込む。


「また見てる」


「見てる」


「昨日も見てた」


「昨日より怖い」


「なんで?」


「紙にすると、逃げ場がなくなる」


「それ、悪いこと?」


「いいことだな。嫌だけど」


 美緒は少しだけ笑った。


「じゃあ、今日は嫌な日になりそう」


「何か来てるのか」


「三雲さんから連絡。片桐さんが見たいって」


「馬を?」


「違う。紙を」


 恒一は一度、黙った。


「配合説明か」


「うん。シラユキノハナの分」


「早いな」


「説明できないと値段はつかないって、片桐さん言ってたでしょ」


「言ってたな」


「だから、説明を見に来るんだと思う」


 ただ馬を見に来るのではない。

 こちらが作った理由を見に来る。


 それはたぶん、榊原ファームが一つ違う場所へ進んだということだった。


 玲奈が奥から出てきて、紙を一枚取った。


「見せるなら、盛らないことね」


「分かってる」


「“すごい配合です”じゃなくて、“何を補う配合です”でいい」


「昨日と同じだな」


「大事なことは、だいたい昨日と同じよ」


 昼前、片桐が来た。


 いつものように人数は少ない。

 余計な人間を連れてこない。

 それだけで、こちらも話しやすい。


「紙を見せてもらえる?」


 挨拶のあと、片桐はすぐにそう言った。


「はい」


 恒一は、シラユキノハナの配合説明を机に置いた。



---


シラユキノハナ×レッドアーク

見映えを無理に作るのではなく、最後まで脚を残す心肺と母系の芯を伸ばす配合。

派手に売るためではなく、走って返すための選択。



---


 片桐は一度読み、すぐには何も言わなかった。


 その沈黙が長い。


 美緒がわずかに背筋を伸ばす。

 恒一は待った。


 紙にした以上、こちらから言葉を足しすぎてはいけない。

 まず、相手がどう読むかを見る必要がある。


「いいわね」


 片桐が言った。


「どこがですか」


「欠点を隠していないところ」


「……」


「シラユキノハナに必要なのは、見映えだけじゃない。そこを分かっている人の紙に見える」


「ありがとうございます」


「でも、もう一行足りない」


「何がですか」


「買う人は、“走って返す”だけではまだ怖い」


「……」


「どの距離で、どんな脚を使わせたいのか。そこまで書くと、値段の前に判断しやすくなる」


 恒一はすぐに頷いた。


「芝千八から二千前後」


「そう」


「速さで押し切るより、長く脚を使う形」


「それを入れなさい」


 美緒がすぐに書き足した。


 芝1800〜2000前後で、長く脚を使う形を狙う。


 片桐はそれを見て、ようやく表情を緩めた。


「これなら、外に出せる」


「出していいですか」


「全部には出さない方がいい」


「……」


「広く配る紙じゃない。分かる人に渡す紙」


「分かりました」


「でも、これは値段の前段階にはなるわ」


 片桐は紙の端を指で押さえた。


「紙だけで値段は決まらない。でも、この紙があるから、次に馬を見る理由ができる」


「馬を見る理由」


「そう。買う人は、いきなり金額を出すんじゃない。まず、“次も見たい”と思う。その順番を作るのが説明よ」


 美緒が小さく息を呑んだ。


「説明って、値段そのものじゃなくて、値段に行く順番なんですね」


「そういうこと」


 そこへ、外で車の音がした。


 美緒が窓を見る。

 顔が少しだけ固くなる。


「兄さん」


「誰だ」


「黒峰さん」


 片桐が小さく息を吐いた。


「あの人も来たの」


「呼んでいません」


 恒一が答える。


 黒峰雅人は、いつものように無駄のない歩き方で事務所へ入ってきた。

 こちらの空気を読んでいるのか、読んでいないのか分からない顔だった。


「急で失礼します」


「本当に急ですね」


 美緒が言うと、黒峰は少しだけ笑った。


「勝った牧場の配合説明が出ると聞けば、見に来る価値はあります」


 片桐が静かに言った。


「相変わらず早いわね」


「遅い方です」


 黒峰は答えた。


 恒一は紙を伏せた。


「これは誰にでも見せる紙ではありません」


「でしょうね」


「では、何を見に来たんですか」


「紙ではありません」


 黒峰は窓の外、厩舎の方を見た。


「ミカヅキノユメです」


 空気が変わった。


 黒峰が優先しないと言った牝馬。

 黒峰なら、大きく回すには向かないと判断した牝馬。


 その馬が今、榊原ファームにいる。


「見せ物ではありません」


 恒一が言う。


「分かっています」


「近づけませんよ」


「距離を置いて見ます」


「人も増やしません」


「私一人で十分です」


 玲奈が事務所へ入ってきた。


「なら、こちらのルールで」


「もちろん」


 黒峰が答える。


「この馬を崩すつもりはありません」


 その言い方には、軽さがなかった。


 厩舎へ向かう。


 ミカヅキノユメは馬房の奥で乾草を噛んでいた。

 前より首が下がっている。

 耳の動きも、入った日ほど忙しくない。


 黒峰は馬房の前に近づきすぎなかった。

 通路の半ばで止まり、まず立ち姿を見る。

 次に桶の位置を見る。

 それから、人の立つ位置を見た。


「変えないんですね」


「変えません」


 恒一が答える。


「水桶も」


「変えません」


「触る人間も」


「絞っています」


「なるほど」


 黒峰は少し黙った。


「うちでは優先しないと言いました」


「聞いています」


「悪くない牝馬です。ただ、手間がかかる。大きく回すには向かない」


「そうでしょうね」


「でも、ここでは少し違って見える」


「馬が変わったわけではありません」


「ええ」


 黒峰は頷いた。


「置き方が変わった」


 その一言は、敵のものにしては正確だった。


 視界に文字が浮かぶ。



---


ミカヅキノユメ

気性安定:C+

環境変化耐性:D+

脚元耐久:C-

受胎安定:B

母系活力:A-

繁殖価値:B+

管理反応:改善傾向

接触耐性:限定条件下で改善

推奨対応:現行管理継続/接触人数固定/配合説明は限定開示

総評:管理の安定が価値の前提になりつつある。外へ見せるより、まず崩さないこと



---


 外へ見せるより、まず崩さないこと。


 表示は分かりやすかった。


「黒峰さん」


 恒一が言う。


「この馬をどう見ますか」


「今ですか」


「はい」


「うちで持つなら、まだ優先しません」


「……」


「でも、あなたのところで持つなら話が変わる」


「理由は」


「この馬の弱さを、弱さのまま扱っている」


「……」


「普通は隠したくなる。派手な父で見映えを作る。動かして、写真を撮って、強く見せる」


「それをやると沈む」


「でしょうね」


 黒峰はミカヅキノユメから目を離さずに言った。


「サウスエンブレムは地味です」


「知っています」


「市場で一発の説明はしにくい」


「それも知っています」


「でも、この馬には合うかもしれない」


「……」


「そこが、面白くない」


 美緒が小さく眉を寄せた。


「面白くない?」


「私が切った選択肢に、別の正解を出されるのは面白くありません」


 黒峰は淡々と言った。


「ただし、間違いだとは言えない」


 片桐が横で小さく笑った。


「素直じゃないわね」


「素直に言っています」


「そういうところよ」


 黒峰は恒一へ向き直った。


「一つ聞きます」


「何ですか」


「その説明の紙、誰に渡しますか」


「分かる人だけです」


「広く配らない?」


「配りません」


「なぜ」


「説明を広告にした瞬間、馬より紙が先に走る」


「……」


「まだこの牝馬は、紙に負ける段階です」


「なるほど」


 黒峰はその答えを、少しだけ気に入ったように見えた。


「なら、見ます」


「何を」


「その地味な配合が、どこまで返るかを」


「好きにしてください」


「もちろん見ます」


 事務所に戻ると、美緒が配合説明の紙を見ていた。


「兄さん」


「なんだ」


「さっきの紙、直す?」


「直す」


「どこ」


「シラユキノハナの方には、距離と脚の使い方を足す」


「ミカヅキノユメは?」


「“細さを隠さない”だけじゃ足りない」


「何を足す?」


「まず、管理が安定してから配合が生きる」


「……」


「この馬は、種牡馬だけで救う馬じゃない」


 美緒はその言葉を紙に書いた。



---


ミカヅキノユメ×サウスエンブレム

細さを派手さで隠さず、気性と脚元をまとめて、母系の芯を返す配合。

ただし、配合の前提は少数管理による安定。管理が崩れれば、この配合は生きない。



---


 玲奈が覗き込んで頷いた。


「それでいい」


「厳しくないか」


「厳しい方がいい。この馬は甘い説明をしたら崩れる」


「そうだな」


 夕方、片桐が帰る前に言った。


「今日の紙、写しを一部もらえる?」


「片桐さんには渡します」


「ありがとう」


「広げないでください」


「分かってる」


 片桐は少しだけ笑った。


「これは宣伝紙じゃない。判断の紙でしょう」


 その言い方は、しっくり来た。


 判断の紙。


 配合を説明するための紙ではある。

 でも本当は、自分たちが基準を崩さないための紙でもある。


 美緒が事務所の戸を閉めながら言う。


「兄さん」


「なんだ」


「地味な配合、ちょっと強く見えてきた」


「そうか」


「名前じゃなくて、理由が付くと違う」


「ああ」


「これ、値段になる?」


「すぐにはならない」


「でも?」


「分かる人には、なる」


「じゃあ、まずそこだね」


 恒一は机の上の二枚の説明紙を見た。


 高い方ではない。

 派手な方でもない。

 でも、理由はある。


 その理由を外に出した瞬間から、榊原ファームの配合は、内輪の判断ではなくなった。


 見られる。

 問われる。

 比べられる。


 それでも、出す。


 地味な配合に、逃げない理由が付いた。


---


榊原恒一の現状


牧場経営力:A-


配合読解:B


繁殖観察:A-


若駒評価:A


現場判断:A


資金繰り判断:B+


交渉・信頼:A


牧場再建度:39%



榊原ファーム経営状況


現金余力:低


資金繰り危険度:高


繁殖牝馬群期待値:上昇中


若駒資産価値:A


自家保留価値:A


牧場ブランド:B-


倒産危険度:高



補助表示


若馬売却成否:成立


育成先:北斗トレーニングファーム


受託繁殖:ミカヅキノユメ 受入済


配合確定:シラユキノハナ→レッドアーク


配合確定:ミカヅキノユメ→サウスエンブレム


外部反応:黒峰が配合選択と管理方針を注視中

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