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潰れかけ牧場を継いだ俺は、馬の才能と配合相性が見える――見捨てられた血統で勝ち上がり、生産界ごとひっくり返す  作者: ビッグサム


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42/100

第42話 地味な配合ほど、説明が要る

 配合を決めた翌朝、最初に届いたのは祝福ではなかった。


 疑問だった。


 事務所の電話を取った美緒が、数秒だけ黙る。


「兄さん。三雲さん」


「声、嫌な方か」


「うん。たぶん、面倒な方」


 恒一は受話器を受け取った。


「榊原です」


『聞いたよ』


「何を」


『シラユキノハナにレッドアーク。ミカヅキノユメにサウスエンブレム』


「早いな」


『この世界で、配合の話が遅く回ると思う?』


「思わない」


『じゃあ聞くけど、本気?』


 声は笑っていなかった。


「本気だ」


『クラウンロード、まだ取れたよ』


「知ってる」


『勝った牧場が、今あえてその二頭に行く意味を、外の人間はすぐには分からない』


「分からないなら、説明する」


『説明しても、派手な名前より伝わりにくい』


「それも分かってる」


『ならいいけどさ』


 三雲は一度そこで息を吐いた。


『これ、馬は合ってるかもしれない。でも市場は別だよ』


「そこはお前の仕事だろ」


『簡単に言うね』


「簡単じゃないから頼んでる」


『……そういう返し、最近増えたな』


「悪いか」


『悪くない。面倒だけど』


 電話を切ると、美緒がすぐに聞いた。


「反応、よくない?」


「分かりにくいらしい」


「だよね」


「お前もそう思うか」


「思うよ。レッドアークもサウスエンブレムも悪くないけど、名前だけで人が止まる感じじゃない」


「そうだな」


「じゃあ、こっちが説明できないと負ける」


「ああ」


 美緒は帳簿の横に白い紙を置いた。


「兄さん。説明、作ろう」


「説明?」


「この配合で何を狙ってるか。誰に聞かれても、同じ答えを返せるようにする」


「……」


「馬が合ってるだけじゃ駄目なんでしょ。買う人や預ける人が分からないと、値段にも信用にもならない」


 その通りだった。


 配合は決めて終わりじゃない。

 決めた理由を、外に耐える形にしなければならない。


 玲奈がカルテを持って入ってくる。


「また難しい空気ね」


「配合が地味だと言われた」


「地味でしょ」


「即答か」


「でも、地味と悪いは違う」


「それを外に説明する必要がある」


「なら、馬の言葉にしなさい」


「馬の言葉?」


「この牝馬には何が足りなくて、何を足すのか。それだけでいい」


 美緒がペンを持つ。


「まずシラユキノハナ」


「芯と心肺」


 恒一は答えた。


「見映えは?」


「最低限でいい」


「売り文句としては弱い」


「でも嘘じゃない」


「じゃあ、こう」


 美緒は紙に書いた。


 シラユキノハナ×レッドアーク

 見映えより、最後まで脚を残す心肺と母系の芯を伸ばす配合。


 玲奈が覗き込む。


「悪くない。ちょっときれいすぎる」


「じゃあ?」


「“派手に売るためではなく、走って返すため”まで言えばいい」


「強いね」


「そのくらい言わないと伝わらない」


 次にミカヅキノユメ。


「こっちは?」


 美緒が聞く。


「気性と脚元をまとめたい。母系の芯はある。そこを壊さず出したい」


「サウスエンブレムは?」


「派手さは薄い。でも気持ちを尖らせすぎず、脚元に余計な負荷を出しにくい」


「じゃあ」


 美緒は少し考えてから書いた。


 ミカヅキノユメ×サウスエンブレム

 細さを派手さで隠さず、気性と脚元をまとめて、母系の芯を返す配合。


 恒一はそれを見て、少しだけ息を吐いた。


「分かりやすい」


「でしょ」


「でも、少し怖いな」


「何が」


「言い切ると、外れた時に逃げられない」


「逃げる気あるの?」


「ない」


「じゃあ大丈夫」


 昼前、小田切が来た。


 配合確定の書面を確認するためだった。

 昨日より顔は落ち着いている。だが、紙を見る手にはまだ少し力が入っていた。


「反応、来ましたか」


 小田切が聞く。


「来ました」


「良くなかった?」


「分かりにくいとは言われました」


「……そうですか」


 その声に、少しだけ不安が混じった。


 恒一は美緒が書いた紙を小田切の前へ出す。


「だから、説明を作りました」


「説明?」


「この配合で何を狙うかです」


 小田切は紙を読む。


 読み終わるまで、誰も喋らなかった。


「細さを派手さで隠さず……」


 小田切が小さく繰り返した。


「ええ」


「これは、いいですね」


「そうですか」


「私がこの馬で不安だったところを、隠していない」


「隠すと、あとで馬に返ります」


「……」


「見た目を作ることはできます。でも、今のミカヅキノユメにそれをやると、たぶん中身が追いつかない」


「分かります」


 小田切はゆっくり頷いた。


「その言い方なら、家にも説明できます」


 そこが大事だった。


 預けた側にも、説明がいる。

 ただ「相性がいい」では済まない。

 なぜその牝馬にその父なのか。

 なぜ高い方へ行かないのか。

 そこを分かる言葉にしないと、信用にはならない。


 午後、片桐から電話が入った。


『配合、聞いたわ』


「早いですね」


『早いわよ。勝った牧場の配合は、みんな見るもの』


「反応は?」


『分かりにくい』


「やっぱり」


『でも、悪くない』


「……」


『シラユキノハナにレッドアークは、私は好きね』


「理由を聞いても?」


『見映えで逃げてないから』


「逃げてるように見えますか」


『勝った牧場は、逃げたくなるのよ。分かりやすい名前へ』


「そうですね」


『そこを避けたなら、見る価値がある』


 それはありがたい言葉だった。


『ただし』


「はい」


『説明できないと、値段はつかないわよ』


「今、その準備をしています」


『ならいい』


 電話を切ると、美緒が言った。


「三雲さんと同じこと言ってる」


「外の人間はそこを見るんだろうな」


「じゃあ、地味な配合は説明込みで商品なんだ」


「商品って言い方は好きじゃないが、間違ってない」


「馬は商品じゃない。でも、売る時は伝えないといけない」


「ああ」


 夕方、恒一はミカヅキノユメの馬房へ向かった。


 牝馬は、昨日より少し落ち着いていた。

 首の高さが下がり、こちらを見てもすぐに乾草へ戻る。

 水桶も減っている。


 小さな前進だった。


 視界に文字が浮かぶ。



ミカヅキノユメ

気性安定:C+

環境変化耐性:D+

脚元耐久:C-

受胎安定:B

母系活力:A-

繁殖価値:B+

管理反応:改善傾向

推奨対応:現行管理継続/接触人数維持

総評:環境への警戒が少し薄れた。配合より先に、まず管理が正解を示し始めている



 配合より先に、管理が正解を示し始めている。


 その表示に、恒一は少しだけ口元を緩めた。


「兄さん」


 美緒が後ろから来る。


「水、減ってる」


「ああ」


「食いも戻ってる」


「戻ってるな」


「地味だけど、ちゃんと返ってる」


「そうだな」


 美緒は馬房札を見た。


「この馬の説明、もっと書けそう」


「何を」


「預けた理由を返す牝馬」


「……」


「ちょっと広告っぽい?」


「かなりな」


「でも、意味は合ってる」


「合ってるな」


 その時、事務所の方から玲奈の声がした。


「兄さん、電話」


 恒一は事務所へ戻る。


 受話器を取ると、聞き慣れた低い声がした。


『黒峰です』


 恒一は一瞬だけ黙った。


「榊原です」


『配合を聞きました』


「早いですね」


『遅い方です』


「何か」


『クラウンロードを切ったそうですね』


「切りました」


『勝った牧場が、ずいぶん地味な選択をする』


「地味でも合う方を取りました」


『それで市場が納得すると?』


「納得させます」


『……』


 短い沈黙があった。


『面白いですね』


「そうですか」


『では、見せてもらいます』


「何を」


『その地味な選択が、本当に返るのかを』


 電話はそこで切れた。


 美緒が恒一の顔を見る。


「黒峰?」


「ああ」


「何て?」


「見せてもらうってさ」


「嫌な言い方」


「でも、見てるってことだ」


「……」


「なら、もう隠れる話じゃない」


 恒一は机に置いた配合説明の紙を見た。


 高い方じゃない。

 派手な方でもない。

 だが、返る方を選んだ。


 それを、外が見始めた。


 地味な配合ほど、説明が要る。

 そして説明した以上、結果から逃げられない。


---


榊原恒一の現状


牧場経営力:A-


配合読解:B


繁殖観察:A-


若駒評価:A


現場判断:A


資金繰り判断:B+


交渉・信頼:A-


牧場再建度:38%



榊原ファーム経営状況


現金余力:低


資金繰り危険度:高


繁殖牝馬群期待値:上昇中


若駒資産価値:A


自家保留価値:A


牧場ブランド:B-


倒産危険度:高



補助表示


若馬売却成否:成立


育成先:北斗トレーニングファーム


受託繁殖:ミカヅキノユメ 受入済


配合確定:シラユキノハナ→レッドアーク


配合確定:ミカヅキノユメ→サウスエンブレム


外部反応:黒峰が配合選択を注視中

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