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潰れかけ牧場を継いだ俺は、馬の才能と配合相性が見える――見捨てられた血統で勝ち上がり、生産界ごとひっくり返す  作者: ビッグサム


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第41話 高い方ではなく、返る方へ

 配合は、決めたつもりになった後が一番危ない。


 朝の事務所で、美緒が二枚のメモを並べていた。

 一枚はシラユキノハナ。

 もう一枚はミカヅキノユメ。

 その横に、仮押さえの期限と概算の種付け料、輸送費、獣医の見込みが並んでいる。


「今日だね」


 美緒が言った。


「ああ」


「決める日」


「決める日だ」


 机の上には、昨日までなら置かなかった額が並んでいた。

 タチカゼの連勝で、話を通せる可能性が増えた。

 だから余計に迷う。


 手が届くようになった高い方へ行くか。

 今まで通り、返る方へ行くか。


「兄さん」


 美緒が紙の端を指で押さえる。


「数字だけで言えば、クラウンロード一本で目立たせる方が早い」


「そうだな」


「でも、その早さが後で返らないなら意味ない」


「ああ」


 玲奈が入ってきて、机を一度見ただけで言った。


「まだ迷ってるわね」


「迷う」


 恒一は答えた。


「勝ったあとだから余計に」


「じゃあ、順番を戻しなさい」


「順番?」


「金額じゃなくて、何を返したいかの順番」


 玲奈はそう言って、シラユキノハナの紙を手前に引いた。


「こっちは?」


「芯を伸ばしたい」


「見映えは?」


「悪くない程度でいい」


「なら、高い方から消えるでしょ」


「……そうだな」


 美緒が小さく笑った。


「玲奈さん、今日ちょっと優しい」


「迷ってる相手に、難しい言い方をしても馬が困るだけよ」


 午前、最初に電話を入れたのはレッドアークの側だった。


 応対に出た声は、前より一段柔らかい。

 タチカゼの名を出した瞬間、向こうの空気が少しだけ変わるのが分かった。


『榊原ファームさんですね』


「はい。シラユキノハナでお願いしたいです」


『確認します。……押さえ、いけます』


「ありがとうございます」


『今年は少し動きが早いので、今日中に仮確定だけお願いします』


「分かりました」


 電話を切ると、美緒がすぐに顔を上げた。


「取れた?」


「ああ」


「よかった」


「まだ一頭目だ」


 次はサウスエンブレムの側へかける。


 こちらは少し待たされた。

 その時間が長く感じる。


『……お待たせしました』


「ミカヅキノユメでお願いしたいです」


『母名、もう一度お願いします』


「ミカヅキノユメです」


『確認します』


 保留音の間、事務所の中は妙に静かだった。

 美緒は黙って帳簿を見ている。

 玲奈は窓の外を見ていたが、耳だけはこちらへ向いている。


『取れます』


 その一言で、胸の奥が少しだけ落ち着いた。


『ただ、気性面の情報は事前に細かく欲しい』


「送ります」


『脚元も合わせてください』


「分かりました」


 受話器を置いたあと、しばらく誰も喋らなかった。


「兄さん」


 美緒が先に口を開く。


「決まったね」


「ああ」


「高い方じゃなかった」


「高い方じゃない」


「でも、返る方だ」


「返る方だ」


 その言い方が、今日はいちばんしっくりきた。


 昼前、小田切が来た。

 今日は繁殖牝馬の記録と、過去の飼葉食いの落ち方、輸送後の癖を書いた紙を持っている。


「どうなりました」


 椅子に座る前に、それを聞いた。


「決めました」


 恒一が答える。


「ミカヅキノユメはサウスエンブレムで行きます」


「……」


「派手ではありません」


「ええ」


「でも、この牝馬に今要るのは、派手さより先に崩れない芯です」


 小田切は紙を机に置いたまま、しばらく黙っていた。

 それから、ゆっくり頷いた。


「黒峰では、クラウンロードを勧められました」


「そうだろうな」


「値段は作りやすいと」


「それもそうだ」


「でも、私は昨日から少し考えていました」


「何を」


「値段を作るのと、残る仔を作るのは違うんだなと」


「……」


「正直、昨日までの自分なら、まだ高い方に引っ張られていたと思います」


「今は?」


「預けた相手が、そこを切ってくれたので助かりました」


 美緒がその言葉を聞いて、少しだけ背筋を伸ばした。


「シラユキノハナもですか」


「ああ」


 恒一は答えた。


「レッドアークで行く」


「クラウンロードじゃない」


「見映えは上がる。でも、今ほしいのはそこじゃない」


「……」


「勝ったあとほど、見える方へ流れたくなる」


「でも流れなかった」


「流れなかった」


 小田切はそこで、ようやく少しだけ笑った。


「今、預けてよかったと思いました」


「まだ早い」


 恒一が言う。


「仔が返ってから言ってください」


「その言い方なら、なお安心です」


 午後、三雲から電話が入った。


『展示会、ほんとに来ないの?』


「行かない」


『クラウンロード、空きまだあるぞ』


「知ってる」


『今なら“勝った牧場”で通る』


「だから行かない」


『惜しくない?』


「惜しい」


『じゃあなんで』


「惜しいで行くと、あとで高くつく」


『……』


「勝ったあとに惜しい話が増えるのは分かってる。でも、今それを拾い始めたら基準が崩れる」


『なるほどね』


 三雲は少し笑った。


『その感じ、前より厄介になったな』


「何が」


『ちゃんと勝った側の悩み方をしてる』


 受話器を置くと、美緒が言う。


「今の、ちょっと好き」


「何が」


「惜しいって認めた上で切るところ」


「惜しいものは惜しい」


「でも拾わない」


「拾わない」


「前なら拾ってた?」


「かなりな」


「今は?」


「今は、拾うと崩れるのが見える」


 夕方、恒一はシラユキノハナとミカヅキノユメの前を続けて歩いた。


 片方は、この牧場の過去を引いてきた牝馬。

 もう片方は、勝ったあとに入ってきた未来の仕事だ。


 どちらにも高い方はあった。

 分かりやすい方もあった。

 でも、選んだのは返る方だった。


「兄さん」


 美緒が後ろから来る。


「なんだ」


「決めたら、少し楽?」


「少しな」


「かなりじゃなくて?」


「かなりだと嘘になる」


「そこ正直だね」


「正直じゃないと、あとで馬が困る」


 美緒はそこで笑った。


「でも、今日の兄さんちょっとよかったよ」


「何が」


「勝ったあとに、ちゃんと地味な方を選べた」


「地味って言うな」


「だって派手じゃないでしょ」


「そうだな」


「でも今のうち、そこを選べるの強いと思う」


 恒一はミカヅキノユメの水桶の位置をもう一度見た。

 馬はさっきより首を低くしている。

 シラユキノハナの仔は相変わらず地味だった。


 勝った。

 だから派手な方へ行けるようになった。

 でも、行けるからこそ選ばなかった。


---


榊原恒一の現状


牧場経営力:A-


配合読解:B


繁殖観察:A-


若駒評価:A


現場判断:A


資金繰り判断:B+


交渉・信頼:A-


牧場再建度:38%



榊原ファーム経営状況


現金余力:低


資金繰り危険度:高


繁殖牝馬群期待値:上昇中


若駒資産価値:A


自家保留価値:A


牧場ブランド:B-


倒産危険度:高



補助表示


若馬売却成否:成立


育成先:北斗トレーニングファーム


受託繁殖:ミカヅキノユメ 受入済


配合確定:シラユキノハナ→レッドアーク


配合確定:ミカヅキノユメ→サウスエンブレム

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