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潰れかけ牧場を継いだ俺は、馬の才能と配合相性が見える――見捨てられた血統で勝ち上がり、生産界ごとひっくり返す  作者: ビッグサム


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第44話 見せる相手を選ぶ

 配合説明を作ってから、電話の種類が変わった。


 前までは、馬を見たいという話が多かった。


 今朝は違う。


 説明を見たい。

 送ってほしい。

 候補馬の写真も一緒に欲しい。


 事務所の机に、美緒が問い合わせのメモを並べた。電話を受けるたびに増えた紙だ。端が少し丸まり、赤ペンの跡が増えている。


「兄さん。昨日だけで六件」 「多いな」 「多いよ。しかも半分は、馬じゃなくて説明を見たいって」


 恒一はメモを見た。


 知らない名前が二件。

 三雲経由が二件。

 片桐経由が一件。

 佐伯から一件。


 同じ「見たい」でも、中身は違う。


「全部には見せない」 「だと思った」 「昨日の黒峰さんで分かった。説明だけ先に走ると危ない」 「でも、見せないと値段にもならない」 「そこが面倒だ」


 奥から玲奈が出てきて、知らない名前のメモを一枚取った。


「これは送らない方がいいわ」 「理由は?」 「馬を見ずに資料だけ欲しがる人は、資料しか見ない。そこにいる馬の体温を見ない」 「……」 「今この牧場が守るべきなのは、話だけが先に膨らまないことよ」


 美緒が三雲経由のメモを押さえた。


「岩瀬さん。写真も一緒に欲しいって」 「断る」 「写真と説明だけで回される?」 「ああ」 「私も嫌」


 美緒は赤ペンで大きく線を引いた。


 断る。


 その線に、前ほど迷いはなかった。


 ただ、全部を閉じるわけにもいかない。


「佐伯さんは?」 「見せる。あの人は先に馬を見る」 「片桐さんは?」 「見せる」 「小田切さんは?」 「当然、見せる」 「三雲さんは?」 「口で説明する。写しは渡さない」


 美緒が少し笑った。


「信用してるのか、してないのか分からないね」 「信用してるから渡さない。あいつは広げる力がある」 「それ、本人に言ったら怒るよ」 「怒らせておけ」


 午前、三雲から電話が入った。


『聞いたよ。俺にはくれないんだって?』 「早いな」 『美緒ちゃんの返事が早かった』 「写しは渡さない」 『信用ないなあ』 「ある」 『どこが』 「お前は広げ方がうまい。だから危ない」 『褒めてるのか、それ』


 三雲は笑ったあと、声を少し落とした。


『でも、判断は正しいよ。ああいう一枚は便利なんだ。便利だから勝手に回る』 「だろうな」 『回った先で、誰かが勝手に意味を足す。“榊原ファームは地味な配合で勝負するらしい”とか、“人気種牡馬を取れなかっただけらしい”とかね』 「……」 『今は、相手を選んだ方がいい』 「お前からそれを聞けて安心した」 『俺は広げる側だからね。広げたら危ないものも分かる』


 電話を切ると、美緒が管理表に書き込んだ。


 説明資料。限定開示。三雲には口頭のみ。


「美緒」 「何?」 「その表、もう少し短くしろ」 「管理表っぽい?」 「かなり」 「必要でしょ」 「必要だな」


 昼前、佐伯が来た。


 いつも通り一人だった。見学ルールの紙を読んでから、事務所に入る。


「先に説明を見せてもらえますか」 「はい」


 恒一はシラユキノハナの配合説明を出した。


 ただし、机の真ん中には置かない。

 佐伯の前だけに置く。


 佐伯はその扱いを見て、わずかに表情を緩めた。


「広げていないんですね」 「広げるためのものではないと思っています」 「いいですね。こういうものは、見る人間を選ばないと嘘になります」


 佐伯はゆっくり読んだ。



---


シラユキノハナ×レッドアーク

見映えを無理に作るのではなく、最後まで脚を残す心肺と母系の芯を伸ばす配合。

芝1800〜2000前後で、長く脚を使う形を狙う。

派手に売るためではなく、走って返すための選択。



---


「分かりやすい」 「足りないところはありますか」 「あります。この一枚だけ見ると、まだ綺麗すぎる」 「……」 「実馬を見せてください」


 それでよかった。


 説明だけで終わらない相手だから、見せられる。


 シラユキノハナの馬房へ向かった。


 母馬は落ち着いていた。仔は相変わらず派手ではない。けれど、立っている時の首の高さが前より少し低い。母の横へ戻る一歩にも、無駄な焦りが減っている。


 この一歩は、どの資料にも書けない。


 朝の寝藁の乱れ。乾草を噛む音。母馬の腹の下へ逃げ込むまでの間。そういうものを見ずに、この仔の値段だけが外で動くのは嫌だった。


 佐伯は近づきすぎなかった。


 横から見る。

 歩かせた時の戻りを見る。

 止まった後の後肢を見る。


「まだ地味ですね」 「はい」 「でも、説明とズレていない。派手に見せようとしていない。そこは信用できます」


 美緒が小さく息を吐いた。


 それは、褒め言葉だった。


 事務所へ戻ると、佐伯が言った。


「この写しを、もらえますか」


 美緒の手が止まった。


 恒一はすぐに答えなかった。


 佐伯はそれを見て、少し笑う。


「迷うなら、無理には求めません」 「写しは渡しません」 「理由は?」 「まだ、この仔より説明の方が強いです」 「……」 「この仔の脚も、息の入り方も、母の横へ戻る一歩も、ここにはまだ乗っていない。佐伯さんには見てもらいたい。でも、これだけを持って帰られるのは違う」 「なるほど」 「必要なら、次もここで見せます」 「分かりました」


 佐伯は不快そうにはしなかった。むしろ安心したように頷いた。


「その方がいいでしょうね。順番を守る牧場は、渡し方も守る」


 午後、小田切が来た。


 ミカヅキノユメの様子確認と、配合説明の最終確認だった。


 ミカヅキノユメは、今日は水を飲む時間が少し早かった。乾草の減りも悪くない。まだ油断はできないが、入厩初日とは違う。


 小田切はしばらく馬房の前で見ていた。


「顔が少し違いますね」 「少しです」と玲奈が答える。 「でも、その少しが大事です」 「分かります」


 事務所で、恒一はミカヅキノユメの説明資料を見せた。



---


ミカヅキノユメ×サウスエンブレム

細さを派手さで隠さず、気性と脚元をまとめて、母系の芯を返す配合。

ただし、配合の前提は少数管理による安定。管理が崩れれば、この配合は生きない。



---


 小田切は読み終えてから、長く黙った。


「厳しいですね」 「そうですね」 「でも、うちには必要です。これがあると、家で説明できます。なぜ高い方へ行かなかったのか。なぜ今、人を増やさないのか」 「持ち帰りますか」 「いいんですか」 「小田切さんには渡します」 「他には?」 「限ります」 「それでいいと思います」


 夕方前、片桐から短い電話が入った。


『佐伯さんには見せた?』 「はい。写しは渡していません」 『正解。小田切さんには?』 「渡しました」 『それも正解』 「違いは?」 『佐伯さんは買い手。小田切さんは預けた側。買い手に渡す一枚は期待になる。預けた側に渡す一枚は安心になる。仲介に渡すと噂になる』 「分かりやすいですね」 『だろう』


 電話を切ったあとも、恒一はその言葉を考えた。


 同じ説明でも、相手によって意味が変わる。


 買い手に渡せば、期待になる。

 預けた側に渡せば、安心になる。

 仲介に渡せば、噂になる。


 一枚の走り方が違う。


 美緒が事務所の机に新しい欄を作っていた。


「何を書いてる」 「開示先」 「また管理表か」 「必要でしょ。誰に見せたか、写しを渡したか、口頭だけか。後で分からなくなると怖い」 「……」 「言葉を守るって、馬を守ることなんでしょ」 「ああ」


 その時、携帯が鳴った。


 表示は、黒峰だった。


「榊原です」 『黒峰です。配合説明、少し回り始めていますね』 「回していません」 『あなたは、でしょう』 「……」 『話の輪郭だけが外に出ています。この世界では、それで十分です』


 黒峰の声は淡々としていた。


『いい説明ですね。だから危ない。半端な相手が読むと、あなたの考えではなく、あなたの財布の苦しさを読む』 「……」 『本当は狙って選んだのに、人気種牡馬を取れなかっただけだと言われる。地味な配合は、そうやって安くされます』 「分かっています」 『ならいいです』 「忠告ですか」 『半分は。もう半分は確認です。あなたがその程度で崩れるなら、見ている意味がない』 「崩れません」 『では、見ます』


 電話はそこで切れた。


 美緒が顔をしかめた。


「嫌な人」 「でも、間違ったことは言ってない」 「それがもっと嫌」


 玲奈が開示先の欄を見て、短く言う。


「これ、続けなさい。馬房のルールと同じよ。誰にどこまで近づけるか」 「資料も馬と同じか」 「同じ。近づけ方を間違えると崩れる」


 夜、厩舎を閉める前に、ミカヅキノユメの馬房を見に行った。


 牝馬は乾草を食べていた。こちらを見たが、すぐに戻る。水桶の水も、朝より少し減っている。


 小さな安定が、ちゃんと残っていた。


 視界に文字が浮かぶ。



---


ミカヅキノユメ

気性安定:C+

環境変化耐性:D+

脚元耐久:C-

管理反応:改善傾向

情報開示適性:限定

推奨対応:現行管理継続/説明資料は限定開示

総評:馬も情報も、広げすぎると崩れる。今は見せる相手を絞る段階。



---


「兄さん」 「なんだ」 「今日、説明の扱いだけで一日終わったね」 「地味だな」 「でも、かなり大事だった気がする」 「ああ」


 まだ走っていない馬は、自分で反論できない。

 安く見られても、誤解されても、言い返せない。


 だから、先に人間が守るしかない。


 見せる相手を選ぶ。

 渡す相手を選ぶ。

 言葉が勝手に走らないように、手綱を握る。


 それは、馬を選ぶのと同じくらい、牧場の基準を問われる仕事だった。


---


榊原恒一


牧場経営力:A-


配合読解:B


繁殖観察:A-


若駒評価:A


現場判断:A


資金繰り判断:B+


交渉・信頼:A


牧場再建度:70%



榊原ファーム


現金余力:低


資金繰り危険度:高


繁殖牝馬群期待値:上昇中


若駒資産価値:A


自家保留価値:A


牧場ブランド:B-


倒産危険度:高



補助表示


若馬売却成否:成立


育成先:北斗トレーニングファーム


受託繁殖:ミカヅキノユメ 受入済


配合確定:シラユキノハナ→レッドアーク


配合確定:ミカヅキノユメ→サウスエンブレム


配合説明:限定開示方針


開示先:片桐/小田切/佐伯は閲覧可、写しは小田切のみ渡付済

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