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潰れかけ牧場を継いだ俺は、馬の才能と配合相性が見える――見捨てられた血統で勝ち上がり、生産界ごとひっくり返す  作者: ビッグサム


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第33話 人気は、まだ勝ちじゃない

 タチカゼの次走が決まったのは、デビュー二着から四日後だった。


 朝の事務所で、美緒がスマホを見たまま、机を軽く叩いた。


「来た。坂口さん」


 声に浮きがある。

 悪い話ではないと分かった。


 恒一は手を拭いて受話器を取る。


「榊原です」 『坂口です。次、同条件で入ります』 「芝千八ですね」 『ええ。本線そのままです。ただし、前回と同じ競馬にはならないと思ってください』 「理由は」 『人気します』


 恒一は黙った。


 同条件で二着。

 内容も悪くなかった。

 印が集まるのは自然だ。


『一番人気まであると思ってください』 「……分かりました」 『喜ぶのは構いませんが、楽になると思うのは危ないです』 「前走を見て、周りもこの馬を見てくる」 『そういうことです』


 電話を切ると、美緒がすぐ聞いた。


「決まった?」 「ああ。次も芝千八だ」 「よし」  美緒は小さく拳を握ったが、すぐに恒一の顔を見て表情を変えた。 「でも、そんな顔するってことは、いい話だけじゃないんだね」 「人気するらしい」 「ああ……」  美緒は椅子に座り直した。 「嬉しいけど、嫌だ」 「半分正解だ」 「もう半分は?」 「前みたいに、誰も気にせず走らせてくれる立場じゃない」


 玲奈がカルテを閉じた。


「今度は周りも見てくる」 「そうだ」 「じゃあ前より難しい」 「難しいな」 「でも、そこを越えないと勝てない」 「ああ」


 美緒はスマホを伏せた。


「前は“ちゃんと走れるか”だった」 「そうだな」 「今度は“勝ち切れるか”なんだ」 「そこまで来た」


 昼前、春日から電話が入った。


『今日、見ます』 「何を」 『前回と同じことは見ません。一段前の位置でも我慢できるかです。来られますか』 「行きます」


 トレセンに着くと、春日と坂口が馬場の脇にいた。

 史門もいる。


「おはようございます」  恒一が頭を下げる。  春日は短く返した。


「今日は時計を自慢するための追い切りじゃありません」 「はい」 「競馬を一度使って、この馬は前へ行きたい気持ちが少し強くなっています」 「……」 「その気持ちを抱えたまま、人の中に残れるか。そこを見ます」


 タチカゼが出てくる。


 体は前より締まっていた。

 細いわけではない。余計なところだけ落ちて、線がはっきりしている。


「気配は?」  恒一が聞く。 「悪くありません」  春日は即答した。 「食いは維持。テンションも上がりすぎていない。だから判断できます」


 若い助手が跨る。

 春日が短く指示を飛ばした。


「前半は少し前で受ける。押し込むな。行かせすぎるな。終いだけ確認する」 「はい」


 タチカゼが出る。


 前へ行く気はある。

 だが、頭だけ上げて噛む感じではない。

 人の手の中に、まだ残っている。


「そこはいい」  春日が言った。 「前向きさは増えてます。でも、人を置いていかない」 「我慢は利いてる?」  恒一が聞く。 「利いています。そこが残っているなら使えます」


 少し伸ばす。


 タチカゼは反応した。

 そこで右手前の雑さが半拍だけ出る。

 ただ、前回より浅い。乱れがそのまま大きくならず、すぐに収まる。


「軽いですね」  恒一が言う。


 史門が横で頷いた。


「前は、あそこで少しバランスを崩していました」 「今は?」 「崩れ切る前に戻せています。そこは進んでます」


 視界に文字が浮かぶ。



---


タチカゼ

気性安定:B-

折り合い:B

心肺:B

芝適性:B

距離適性:マイル~1800

右手前の雑さ:残存・軽減

前進気勢:B+

推奨方針:好位~中団/無理な先行回避

総評:一段前でも我慢は利く。人気で流れが変わっても対応余地あり



---


 春日は最後まで見てから言った。


「出します」 「……はい」 「前回より難しいです」 「理由は」 「見られるからです」


 はっきりしていた。


「前走二着で、周りもこの馬を軽くは扱いません」 「前に馬を置かれる」 「あります。外を回されることもある。早めに動かされることもある」 「それでも」 「今の形ならやれます」


 坂口が資料を閉じた。


「位置は?」 「前回より半馬身前」  春日が答える。 「ただし、押してまで取りにいかない。自然にそこへ収まるならそれでいい」 「外は?」 「回しすぎたくありません」 「はい」 「欲しいのは勝ちです。ただ、形を壊す勝ち方ならいりません」


 春日はそこで、少しだけ声を落とした。


「今回は、届くところまで行ってほしいと思っています」


 その言葉は、前回より重かった。


 前回は、二着でも意味があった。

 正確には、二着だから意味が大きかった。

 でも今回は違う。


 届くなら、取りにいく。


 坂口が恒一を見た。


「前回の二着で終わるなら、惜しかった馬です」 「……」 「次で勝てば、榊原ファームの見る目になります」


 恒一は、すぐには返せなかった。


 売った馬が走った。

 そこまでも十分に大きかった。

 だが次で勝てば、意味が変わる。


 待つ判断。

 短いところへ逃げなかったこと。

 崩さず送ったこと。

 全部が一つの答えになる。


 史門が壁にもたれたまま口を開いた。


「短いところへ入れなくてよかったです」 「お前、本当にそこばっかりだな」 「そこが一番危なかったので」  史門は肩をすくめた。 「前へ行ける馬って、それだけで短いところへ入れられやすいんです。そこで形が崩れる馬も多い」 「……」 「今のタチカゼは、ちゃんと残る方に寄せられてます」


 帰りの車で、美緒に電話を入れる。


「どうだった」 「出す」 『うん』 「前回より難しい」 『うん』 「でも、勝ちに行けるらしい」


 受話器の向こうで、美緒が黙った。


『それ、かなり大きいね』 「かなりな」 『前は“次で勝てる”だった』 「ああ」 『今度は“勝ちに行ける”なんだ』 「そうだ」


 美緒は小さく息を吐いた。


『じゃあ、今度は本当に違う』 「違うな」


 牧場へ戻ると、玲奈が先に聞いた。


「どうだった」 「前回より難しい。でも、勝ちに行ける条件にはある」 「いいじゃない」 「そこは即答か」 「負けてもいい競馬じゃなくなったんでしょ」 「そうだ」 「ならいい」


 夕方、恒一は空いた馬房の前で立ち止まった。


 タチカゼはもうここにはいない。

 でも、そこから出て行った馬が、今はもう勝ちを取りに行く馬になっている。


 フユノホシはまだ待つ。

 シラユキノハナの仔も、まだ時間が要る。

 でも、牧場の時間は止まっていない。


「兄さん」  美緒が横に来た。 「なんだ」 「今、どんな気分?」 「……前より怖い」 「うん」 「でも、前より欲がある」 「勝ってほしい?」 「ああ」 「かなり?」 「かなりな」


 美緒は少しだけ笑った。


「それでいいと思う」 「そうか」 「前は“走ってほしい”だった」 「……」 「今は“勝ってほしい”なんでしょ」 「そうだな」


 恒一は空いた馬房をもう一度見た。


 次は、ただ走るだけじゃない。

 勝ちに行く。


 それだけで、今日の前進は十分だった。



---


榊原恒一


牧場経営力:B


配合読解:C-


繁殖観察:B+


若駒評価:A


現場判断:A-


資金繰り判断:B


交渉・信頼:A-


牧場再建度:61%



榊原ファーム


現金余力:低


資金繰り危険度:高


繁殖牝馬群期待値:再編中


若駒資産価値:A-


自家保留価値:A-


牧場ブランド:C-


倒産危険度:高



補助表示


若馬売却成否:成立


育成先:北斗トレーニングファーム


レース線:タチカゼが次走勝負段階

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