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潰れかけ牧場を継いだ俺は、馬の才能と配合相性が見える――見捨てられた血統で勝ち上がり、生産界ごとひっくり返す  作者: ビッグサム


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第32話 二着のあとで鳴る電話

 朝、事務所の電話が鳴る前に、今日は何本か来るだろうと分かっていた。


 昨日の二着は、牧場の中だけで終わる話じゃない。

 タチカゼが走った。

 しかも、ただ回ってきただけじゃない。

 最後まで脚を使って、次で勝てる形を見せた。


 あれを見た人間は、たぶん動く。


「兄さん」  美緒が帳簿を開きながら言う。 「今日は電話、多そうだね」 「だろうな」 「嬉しい?」 「半分」 「もう半分は?」 「面倒な相手も混ざる」 「それはありそう」


 玲奈が横で乾いた声を出す。


「浮かれて全部受けないことね」 「分かってる」 「昨日二着になったからって、急に何でも見せ始めたら意味ないわよ」 「そこまではしない」 「ほんとに?」 「……たぶん」 「その返事が一番怪しいのよ」


 最初の電話は、坂口だった。


「榊原です」 『坂口です』 「はい」 『春日先生から伝言です』 「何でしょう」 『今朝の反動は浅い。脚元も問題なし。食いも落ちていない』 「……よかった」 『ただし、次を急ぐ前に、今週いっぱいは様子を見る』 「分かりました」 『それと』 「はい」 『昨日の二着で、次走は同条件を本線に置きやすくなりました』 「やっぱりそうですか」 『ええ。変に短いところへ逃げる理由が、さらに薄くなった』


 電話を切ると、美緒がすぐに聞いた。


「次、見えた?」 「同条件が本線」 「もう次の話してるんだ」 「ああ」 「すごいね」 「まだ決まりじゃない」 「それ、もう聞き飽きた」


 次の電話は、桐生だった。


 恒一は少しだけ背筋を伸ばして受話器を取る。


「榊原です」 『桐生です』 「はい」 『昨日、見た』 「……ありがとうございます」 『二着だったな』 「ええ」 『勝てなかったのは残念だが、悪い負け方じゃない』 「はい」 『来月分、前に話した条件のままでいく』 「……」 『聞こえてるか』 「あ、はい。ありがとうございます」 『礼はいい。馬を崩さずあそこまで持っていったなら、こっちも雑には扱えない』 「……助かります」 『助かるだろうな』  桐生はいつも通りの声で言った。 『ただし、勝った気になるなよ』 「分かってます」 『ならいい』


 受話器を置いたあと、恒一はしばらく黙った。


「何て?」  美緒が聞く。 「来月分、前の条件のままでいいって」 「……」 「昨日の二着で」 「それ、かなり大きくない?」 「かなり大きい」


 玲奈がそこで小さく息を吐いた。


「ほらね」 「何が」 「レースは走るだけじゃないって話」 「……そうだな」


 タチカゼの二着は、賞金だけじゃない。

 こういうところで効く。

 支える側の態度が、少しだけ変わる。


 三本目の電話は、三雲だった。


「榊原さん」  開口一番、笑っているのが分かった。 『昨日の二着、ちゃんと見たよ』 「お前もか」 『“お前も”じゃないよ。あれ見たら電話くらいする』 「何だ」 『二件、見学を入れたいって話が来てる』 「早いな」 『早いよ。走るとみんな早い』


 恒一は机の端を指で軽く叩いた。


「誰だ」 『一人は前から牝馬を見てる人。もう一人は、昨日で初めて食いついた人』 「後者は急がなくていい」 『だろうね』 「前者は?」 『片桐さん。フユノホシ、もう一度見たいって』 「……」 『昨日の二着で、“この牧場の待ち方は当たりかもしれない”って思ったんじゃない?』 「かもしれないな」 『で、どうする』 「一組だけ入れる」 『片桐さん?』 「ああ」 『後の一人は』 「今はまだいい」 『了解。そう言うと思った』


 電話を切ると、美緒が身を乗り出した。


「片桐さん?」 「ああ。フユノホシをまた見たいって」 「昨日の二着で?」 「たぶんな」 「つながってるね」 「つながってる」


 ここが大きかった。


 タチカゼの二着は、タチカゼだけの話で終わらない。

 フユノホシの待つ価値にも、シラユキノハナの仔の順番にも、牧場そのものの見られ方にも返ってくる。


 昼前、厩舎へ出る。


 フユノホシはいつも通り静かだった。

 乾草の食い方も変わらない。

 でも、見る側の目は昨日までと同じじゃない。


 視界に文字が浮かぶ。



---


フユノホシ

気性安定:B

成長力:A-

環境変化耐性:低

待機価値:上昇

繁殖価値:B+

推奨対応:見学制限継続/比較売却回避

総評:タチカゼの好走で評価の土台が上がった。安売りはさらに損



---


 比較売却回避。


 分かりやすかった。


 昨日までなら、「まだ薄い」で終わった相手もいた。

 でも今は違う。

 二着を出した牧場が、待っている牝馬として見られる。


「兄さん」  後ろから美緒が来た。 「なんだ」 「顔、ちょっと戻ったね」 「何が」 「昨日は“うわ、走った”って顔だったけど、今日は“じゃあ次どうする”って顔」 「そんな分かるか?」 「分かる」


 午後、片桐が来た。


 前と同じく、無駄な人数は連れていない。

 見学ルールの紙を一度見て、前より先に言った。


「続けてるのね」 「続けてます」  恒一が答えた。 「昨日の二着で、急に人を増やすかと思った」 「やったら値段が落ちます」 「そう言えるようになったのは大きいわね」


 フユノホシの前で、片桐は前より少し長く立った。

 でも近づきすぎない。

 その距離感がありがたい。


「薄さはまだある」  片桐が言う。 「はい」 「でも、前より嫌な薄さじゃない」 「……」 「昨日の二着で変わったのは、馬じゃないわ」 「見る側ですか」 「そう。待っている牧場に見えるようになった」


 その一言が、かなり大きかった。


 待っている牧場。

 前は、苦しいから売れない牧場に見えたかもしれない。

 今は違う。

 待つ意味を持っている牧場に見え始めている。


「春までは持てる?」  片桐が聞く。 「持たせます」  恒一は答えた。 「そのために昨日の二着を使います」 「いい返事ね」 「売るためじゃなく、守るために使う」 「なおいい」


 片桐はそこで、シラユキノハナの仔の方も見る。


「こっちも順番、少し変わるかもしれないわね」 「順番?」  美緒が聞く。 「見たい人が増えるってこと。昨日の二着は、牧場の目を証明したから」


 その言葉に、恒一は少しだけ息を吐いた。


 そうか。

 二着は、勝ち切っていない。

 でも、見る目が外れていない証拠にはなる。


 片桐が帰ったあと、事務所に戻ると、美緒がすぐ帳簿を引き寄せた。


「何て書く?」 「またか」 「まただよ。今日は電話三本と見学一件だよ?」 「……そうだな」 「どうする?」 「レース線じゃない」 「うん」 「信用」 「お、いいね」 「で、二着返し」 「そのまんまだね」 「分かりやすい方がいい」 「今日はそれで正解」


 美緒はそのまま書いた。


 榊原ファーム 信用・二着返し


 少し変な言葉だった。

 でも、意味は通る。


 桐生の条件。

 片桐の再見学。

 次走の本線維持。

 全部、昨日の二着が返してきたものだった。


 夕方、恒一は空いた馬房の前へ立った。


 タチカゼはここにはいない。

 でも、昨日走ったことで、この空いた場所の意味も少し変わった。


 売れた馬房じゃない。

 走って返してきた馬房だ。


「兄さん」  美緒が横に来る。 「なんだ」 「昨日の二着、思ってたより大きいね」 「ああ」 「勝ってないのに」 「勝ってない」 「でも、かなり変わった」 「かなりな」


 恒一は少しだけ笑った。


 勝ったわけじゃない。

 でも、今日一日で分かった。


 次で勝てる二着は、牧場も前へ進める。


 それだけで、今日の前進は十分だった。



---


榊原恒一


牧場経営力:B


配合読解:C-


繁殖観察:B+


若駒評価:A


現場判断:A-


資金繰り判断:B


交渉・信頼:A-


牧場再建度:61%



榊原ファーム


現金余力:低


資金繰り危険度:高


繁殖牝馬群期待値:再編中


若駒資産価値:A-


自家保留価値:A-


牧場ブランド:C-


倒産危険度:高



補助表示


若馬売却成否:成立


育成先:北斗トレーニングファーム


レース線:タチカゼが次走同条件本線


見学:片桐がフユノホシ再見学済

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