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潰れかけ牧場を継いだ俺は、馬の才能と配合相性が見える――見捨てられた血統で勝ち上がり、生産界ごとひっくり返す  作者: ビッグサム


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第3話 高い種牡馬が正解じゃない

 黒峰との電話が切れたあと、美緒は何も言わずに請求書を揃えた。


 三枚の端を、机の上でとん、と揃える。


「……何だよ」


「別に」


「そのやり方、絶対何か言いたいだろ」


「売れば、これの何枚かは消えたんだろうなって」


 痛い。


 恒一は言い返さず、椅子へ座った。


 シラユキノハナと、その仔。


 売らない。


 そこは決めた。


 だからといって、金が増えたわけではない。


 むしろ減る。


 残す馬には、今日から先もずっと金がかかる。


「後悔した?」


 美緒が聞いた。


「してない」


「早いね」


「でも、楽な方は蹴ったなと思ってる」


「それはそう」


 美緒は請求書を帳簿に挟んだ。


「だったら次、間違えないでね」


「何を」


「あの子を残すって決めたなら、その先」


 恒一は、美緒の視線を追った。


 事務所の奥。


 父が使っていた棚がある。


 血統表。


 種牡馬名鑑。


 昔の配合記録。


 何年分もの紙が、捨てられないまま残っていた。


「……そうだな」


 恒一は立ち上がった。


「どこ行くの?」


「親父の資料」


「今?」


「ああ」


「ハナ、昨日産んだばっかりだよ」


「今すぐ種付けるなんて言ってねえよ」


「兄さん、思いついたら走るから」


「馬じゃねえんだから」


「たまに馬より止まらないよ」


 恒一は答えず、棚の前にしゃがみ込んだ。


     ◇


 埃をかぶったファイルを引き出す。


 父の字が残っている。


 種牡馬名。


 配合した日。


 受胎。


 不受胎。


 生まれた仔。


 売却額。


 その後の成績。


 短いメモもあった。


『気性強すぎ』


『馬体は良。脚元注意』


『売れたが走らず』


 最後の一行で、恒一の手が止まった。


「……容赦ねえな」


「お父さん、自分にも厳しかったからね」


 いつの間にか美緒が隣に立っていた。


「これ、覚えてる?」


 指された記録を見る。


 見覚えのある馬名だった。


「高く売れたやつか」


「うん。父さん、三日くらい機嫌良かった」


「その後?」


「地方で未勝利」


「……そっか」


 逆もあった。


 市場では大して値がつかなかった。


 それでも競馬場へ行き、二勝した馬。


 売れた馬が走るとは限らない。


 走る馬が、高く売れるとも限らない。


 そんなことは昔から知っている。


 知っているのと、選べるのは別だった。


「シラユキノハナの記録、どこだ」


「こっちじゃない?」


 美緒が別のファイルを抜く。


 ページをめくる。


 シラユキノハナ。


 大きな実績はない。


 産駒にも派手な戦績は並んでいない。


 セリで目玉になったこともない。


 紙だけ見れば、黒峰が安く見る理由も分かる。


 だが恒一には、紙にないものが見えている。


「ちょっとハナ見てくる」


「今度は何?」


「確認」


「何の?」


「俺にも分からん」


「一番困る答え」


     ◇


 馬房では、シラユキノハナが乾草を食べていた。


 仔は母馬の腹の近くで眠っている。


 昨日あれだけ騒いだのが嘘のように静かだった。


 恒一が近づくと、シラユキノハナが片耳だけこちらへ向ける。


「食えてるな」


 返事の代わりに、乾草を噛む音がする。


 恒一はしばらくその様子を見た。


 食いは悪くない。


 仔を気にしながらも落ち着いている。


 ただ、昨日の分娩で疲れていないはずがない。


「無理はさせねえよ」


 短く言ってから、意識を向けた。


 淡い文字が浮かぶ。


――――――――――


シラユキノハナ


繁殖価値:B

母系活力:A-

受胎安定:C

分娩安定:D

産駒伝達率:A


潜在母系因子:

《晩成持続》

《心肺伝達》

《勝負根性》


配合残光:未消失


――――――――――


 産駒伝達率、A。


 配合残光、未消失。


 昨日と変わっていない。


「じゃあ……」


 恒一は文字を見つめた。


 この牝馬が強く伝えるものは見える。


 なら。


 相手を変えた時に、何が変わる。


 そこまで見えるのか。


「兄さん」


 後ろから美緒の声が飛んできた。


「仔、起こさないでよ」


「起こしてねえよ」


「独り言が大きい」


「……戻る」


「はいはい」


     ◇


 種牡馬名鑑を机へ広げた。


 有名な馬から、そうでもない馬まで。


 写真の横に血統。


 産駒実績。


 種付け料。


 今年の人気。


 どれも恒一が何度も見てきた情報だ。


「普通なら」


 恒一は一頭を指した。


「ロードグランツか」


 美緒が覗き込む。


「つけられるならね」


「そんなに悪い?」


「馬じゃなくて、こっち」


 美緒が種付け料を指で叩いた。


「一回で、今の兄さんが見たくない数字」


「見るだけならタダだ」


「つけたら有料」


「分かってる」


 ロードグランツ。


 実績は十分。


 市場人気も高い。


 産駒の見栄えも良く、早い時期から形になりやすい。


 血統表にその名があるだけで、買い手へ説明しやすくなる。


 恒一はページを見つめた。


 シラユキノハナを頭に浮かべる。


 何か出ろ。


 数秒。


 変化はない。


「……駄目か」


「何が?」


「いや」


 ページを閉じようとした瞬間だった。


 文字の上に、薄い光が重なった。


「っ」


 恒一の手が止まる。


――――――――――


候補種牡馬:ロードグランツ


種付け料:高

市場人気:A

早熟性付与:A

馬体映え:A


シラユキノハナとの

配合共鳴率:C


勝ち上がり期待:中

牧場収支適合:低


――――――――――


 出た。


 馬だけじゃない。


 配合にも出る。


 恒一の喉が鳴った。


 だが。


「C……」


 思わず漏れた声を、美緒が聞き返す。


「何?」


「ちょっと待って」


 ロードグランツが悪いわけではない。


 市場人気A。


 早熟性付与A。


 馬体映えA。


 それだけでも高い種付け料を取れる理由はある。


 ただ、シラユキノハナとはC。


 恒一は次のページを開いた。


 ブルーロータス。


 ロードグランツほど人気はない。


 種付け料もかなり下がる。


 意識を向ける。


――――――――――


候補種牡馬:ブルーロータス


種付け料:低

市場人気:D

ダート適性補強:B

頑健性補強:A-


シラユキノハナとの

配合共鳴率:A-


勝ち上がり期待:中

牧場収支適合:高


――――――――――


 恒一は背筋を伸ばした。


 A-。


「……値段順じゃない」


「さっきから本当に何を言ってるの?」


「もう一頭」


 美緒への返事もそこそこに、ページをめくる。


 父の古い候補一覧で見覚えのあった名前。


 レッドアーク。


 市場では中堅。


 派手な産駒を量産するタイプではない。


 心肺と持続力。


 長く脚を使う産駒が目立つ。


 種付け料もロードグランツよりは安い。


 それでも、榊原ファームにとって安い金ではなかった。


 恒一はページへ意識を向けた。


 光が走った。


――――――――――


候補種牡馬:レッドアーク


種付け料:中

市場人気:C

心肺補強:A

持続力補強:A-

気性補正:B


シラユキノハナとの

配合共鳴率:S


勝ち上がり期待:高

牧場収支適合:高


――――――――――


 恒一の指が止まった。


 もう一度見る。


 S。


「……マジか」


「今度は何」


 美緒がとうとう椅子を引いて隣へ来た。


 もちろん、彼女には文字は見えていない。


 見えているのは、名鑑を睨んでいる兄だけだ。


「ロードグランツじゃなくて、こっちが気になる」


「レッドアーク?」


「ああ」


 美緒はページを読む。


「地味だよ」


「知ってる」


「セリならロードグランツの方が説明しやすい」


「ああ」


「種付け料は下がるけど、タダじゃない」


「それも知ってる」


「じゃあ何がいいの?」


 恒一は少し迷った。


 表示をそのまま口にするわけにはいかない。


「ハナが持ってるものを、潰さない気がする」


「気?」


「……そこは弱いな」


「だいぶね」


 美緒が笑う。


 恒一も少しだけ笑った。


 だが目は名鑑から離さなかった。


 シラユキノハナ。


 心肺伝達。


 晩成持続。


 勝負根性。


 レッドアーク。


 心肺補強。


 持続力補強。


 派手な何かを足す組み合わせではない。


 元からあるものを、もう一段伸ばす。


「兄さん」


「ん?」


「安いから選んでないよね」


 恒一は顔を上げた。


「違う」


 そこだけは即答できた。


「ブルーロータスの方が安い」


「なら、そっちは?」


「悪くない」


「曖昧」


「本当に悪くないんだよ。でも」


 レッドアークのページを見る。


「こっちの方がいい」


「どのくらい?」


 恒一は答えなかった。


 SとA-。


 その差を、どう説明すればいい。


「そこまで言うなら、レッドアークを本命で考える?」


「ああ」


「決定じゃなくて?」


「まだ決めない」


 美緒が意外そうに眉を上げた。


「珍しい」


「ハナの身体が先だ」


 昨日の分娩を思い出す。


 分娩安定D。


 今朝は落ち着いていた。


 だが、それで次も大丈夫だと決めるほど馬鹿ではない。


「玲奈さんに診てもらう」


「うん」


「それと」


 恒一は名鑑を美緒の方へ押した。


「これ、今のうちで払えるか見てくれ」


 美緒は種付け料を見た。


 さっきまで少し緩んでいた口元が、すぐ戻る。


「……本命、変える?」


「早いな」


「だってこれ、中って書いてあるけど、うちでは十分高いよ」


「分かってる」


「仔を残すって決めた昨日の今日だよ」


「分かってるって」


「飼料代」


「分かってる」


「獣医代」


「美緒」


「分かってるならいい」


 美緒は赤ペンを取った。


 名鑑の余白に、レッドアークの種付け料を書き写す。


 その数字を丸で囲んだ。


「本命にするのは止めない」


「おう」


「でも明日は、こっちから逃げないで」


 赤い丸。


 恒一は、その横にまだ浮いているSを見た。


 どちらも消えなかった。


---


榊原恒一の現状


牧場経営力:C


配合読解:D


繁殖観察:C


若駒評価:D


現場判断:B-


資金繰り判断:C-


交渉・信頼:D


牧場再建度:4%


榊原ファーム経営状況


現金余力:危険


資金繰り危険度:高


繁殖牝馬群期待値:B-


若駒資産価値:D


自家保留価値:A-


牧場ブランド:E


倒産危険度:高

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