表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
潰れかけ牧場を継いだ俺は、馬の才能と配合相性が見える――見捨てられた血統で勝ち上がり、生産界ごとひっくり返す  作者: ビッグサム


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

27/34

第27話 どこで下ろすか

 ゲートに受かった次の日も、朝はいつも通りだった。


 乾草を配る。

 桶を洗う。

 フユノホシの馬房の前で足を止める。

 シラユキノハナの仔が、母の横から少しだけ前に出て、また戻る。


 変わらない。

 でも、頭の中だけは昨日から先へ進んでいた。


 タチカゼはもう、走るかどうかじゃない。

 どこで下ろすかの話に入っている。


「兄さん」  美緒が事務所の戸から顔を出した。 「坂口さんから」 「早いな」


 受話器を取る。


「榊原です」 『坂口です』 「はい」 『今日、春日先生と番組の話をします。来られますか』 「行きます」 『その方がいいでしょうね』 「何を見ます?」 『距離と場所と、急がせるかどうかです』 「……分かりました」


 電話を切ると、美緒がすぐ聞く。


「もうデビュー決めるの?」 「そこまでじゃない」 「でも近い」 「ああ。どこで使うかの話らしい」 「かなり“走る話”だね」 「かなりな」


 玲奈はカルテを閉じた。


「そこで短いところに入れたがる人がいたら嫌ね」 「春日はそういうの嫌いらしい」 「なら少し安心」 「お前、春日のことだけ妙に信用してるな」 「ゲート受かった勢いで使うのが危ないって言えるなら、まともよ」


 トレセンに着くと、春日と坂口は厩舎の事務所で資料を広げていた。


 春日は余計な前置きをしない。


「榊原さん、まず結論から言います」 「はい」 「今のタチカゼは、使えます」 「……」 「ただし、どこでもいいわけじゃない」


 坂口が机の上の出馬表見込みを指で押さえる。


「候補は三つです」 「三つ」 「一つ目。短いところ」 「千二、千四あたりですか」 「その辺です」  春日が答える。 「ただ、私は消したい」


 恒一は少しだけ肩の力を抜いた。

 そこを押されるのが一番嫌だったからだ。


「理由は」 「出して行けるように見えるからです」  春日が言う。 「見える?」 「ええ。前向きさはある。見映えもある。だから短いところに入れれば、それっぽく見える」 「……」 「でも、右手前の雑さを残したまま、速さで押し切る競馬を覚えさせると後で修正がきつい」


 その言葉は、かなりはっきりしていた。


 それっぽく見える。

 でも違う。

 まさに今のタチカゼだった。


「二つ目は?」  恒一が聞く。 「マイル」  坂口が言った。 「悪くないです。ただ、忙しさが少し残るかもしれない」 「じゃあ三つ目」 「千八」  春日が答える。 「今の私は、そこが一番まっすぐだと思っています」


 千八。


 恒一は頭の中で、タチカゼの動きを思い返した。

 前へ行く気はある。

 でも、短いところで流れに合わせて押し切るより、少し我慢する形の方が残りそうだった。


「芝ですか」 「芝で考えています」  春日が言う。 「ダートで先に形にする手もなくはない。ただ、この馬は最初からそこへ寄せていく感じじゃない」 「……」 「速さで押すより、形で競馬を覚えさせたい」


 坂口がそこで補う。


「もちろん、相手関係と頭数は見ます」 「はい」 「条件が悪ければ無理にそこへ入れません」 「でも本線は千八」 「そうです」


 恒一は小さく頷いた。


 視界に文字が浮かぶ。



---


タチカゼ

速度:B

持久力:B

心肺:B

気性安定:B-

折り合い:C+

芝適性:B

距離適性:マイル~1800

右手前の雑さ:残存

推奨方針:芝1800本線/短距離回避

総評:速さで押し切るより、我慢を教える競馬が向く



---


 かなり分かりやすかった。


 短いところでごまかす馬じゃない。

 今のタチカゼに要るのは、速さを見せることじゃなく、ちゃんとした競馬を一回覚えることだ。


「榊原さん」  春日が言う。 「はい」 「最初から勝ちに行かない、とは言いません」 「……」 「でも、最初から取りにいきすぎると、この馬は雑になります」 「分かります」 「だから、最初の目標は三つ」  春日は指を折った。 「ゲートを出る。流れに乗る。我慢したまま最後まで行く」 「順位じゃなくて?」  恒一が聞く。


 春日は即答した。


「順位も見ます」 「……」 「でも、最初に壊れる勝ち方は一番いらない」 「そうですね」 「逆に、その三つができて五着なら、私は次で勝ちにいけます」


 その言葉に、恒一は少しだけ息を吐いた。


 勝つ。

 でも急がない。

 順位を見る。

 でも形を崩さない。


 求めていたのは、たぶんこういう話だった。


「では」  坂口が言う。 「来週の想定で、芝千八の番組を一つ本線に置きます」 「決め打ちですか」 「決め打ちじゃない」  春日がすぐに訂正した。 「本線です。馬の感じが落ちたらやめる」 「分かりました」 「あと」  春日が恒一を見る。 「初戦で勝てなかったからといって、慌てて条件を変えたくなる人も多い」 「……」 「その時に、今日の話を忘れないでください」 「忘れません」 「ならいい」


 外へ出ると、史門が壁にもたれていた。


「決まりました?」 「本線は芝千八らしい」 「やっぱり」 「やっぱりって顔だな」 「短いところへ入れたら、もったいないと思ってたので」 「お前もか」 「前へ行ける馬は、みんな短いところへ入れたがるんですよ」  史門が肩をすくめる。 「でも、それで雑になったら後が面倒です」


 同じことを、みんな違う言い方で言う。

 それだけこの判断が大事なんだろう。


「兄さん」


 振り返ると、美緒ではなく坂口だった。


「はい」 「初戦は、勝てば最高です」 「……」 「でも、うちが本当に欲しいのは“勝てそうだった”じゃない」 「何ですか」 「この馬、次で勝てるな、です」 「……」 「そこまで持っていければ、生産も育成も厩舎も全部、生きます」


 その言葉は重かった。


 今までは、売れるか、残すか、持つか。

 そういう話ばかりだった。

 今はもう違う。


 次で勝てる形を作る。

 そこまで来ている。


 帰りの軽トラの中で、美緒に電話を入れる。


「どう?」 「本線が決まった」 『ほんとに?』 「ああ。芝千八」 『千八? もっと短いのかと思った』 「俺も前ならそう思ってたかもな」 『なんで違うの?』 「前へ行けるからって、短いところへ押し込むと雑になるらしい」 『……』 「最初に覚えさせたいのは、速さじゃなくて我慢だってさ」 『なるほど』  美緒が少し黙る。 『それ、今の兄さんっぽいね』 「何が」 『目先の分かりやすさより、あとで勝てる形を取るところ』 「そうかもな」


 牧場へ戻ると、玲奈がすぐ聞いた。


「どこ」 「芝千八が本線」 「いいんじゃない」 「即答だな」 「短いところへ押し込んで前だけで終わるよりずっといい」 「お前もそれか」 「みんな同じこと言うなら、たぶん正しいのよ」


 夕方、恒一はフユノホシの前に立った。


 牝馬は相変わらず静かだった。

 この馬はまだ待つ。

 タチカゼはもう、デビュー条件を決める段階まで進んだ。


 同じ牧場の馬でも、進み方は違う。

 でも、どちらも前へは進んでいる。


「兄さん」  美緒が横に来る。 「なんだ」 「かなり近いね」 「ああ」 「デビュー」 「ああ」 「今どんな気分?」 「……まだ早い」 「またそれ」 「でも、かなり嬉しい」 「そっちの方が本音だね」 「そうだな」


 勝ったわけじゃない。

 でも、もう番組の話をしている。


 それだけで、今日の前進は十分だった。



---


榊原恒一


牧場経営力:B


配合読解:C-


繁殖観察:B+


若駒評価:A-


現場判断:A-


資金繰り判断:B


交渉・信頼:B+


牧場再建度:56%



榊原ファーム


現金余力:低


資金繰り危険度:高


繁殖牝馬群期待値:再編中


若駒資産価値:B+


自家保留価値:A-


牧場ブランド:D+


倒産危険度:高



補助表示


若馬売却成否:成立


育成先:北斗トレーニングファーム


レース線:タチカゼが芝1800本線で番組検討段階

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ