危険すぎる救世主
クラーラさんが何をしようとしているのか分からず、僕は黙って彼の動きを目で追う。
それがどれほど愚かで無警戒だったか理解するまで、時間はかからなかった。
「うっ……」
首を強く絞められる感覚。
勿論僕の首に触れているものは何もない。傍から見ればただ急に苦しみだしたようにしか見えないだろう。
でも、僕からすれば原因は明らかだった。
――念動力
声にしたつもりだったのに、喉からはかすれた音しか出ない。
ピクリとも首は動かず、京子さんに目で助けを求めることもできない。徐々に視界が暗くなっていく。
こんな呆気なく終わるのか?
まじかに迫る死を前に、絶望が全身を包み始める。
――まあ、僕には似合いの死に方かも。
生きる意志が潰え、力なく腕を垂らした直後、一陣の風が吹き抜けた。
立っていることすら困難な強風に、力の抜けきっていた僕はなすすべもなく吹き飛ばされる。受け身を取ることもできず何度も回転しながら木にぶつかり、動きを止めた。
ゴホゴホと咳き込むと同時に、首への圧迫感がなくなり呼吸ができることに気づく。
当然というべきか、強風の影響を受けたのは僕だけではなかった。
宙に浮いていたクラーラさんは踏ん張る地面を持たなかったため、あっさり体勢を崩し、僕以上に勢い良く地面へと叩きつけられていた。
彼が体勢を立て直す前にと、何度も深く呼吸を繰り返し、鈍っていた脳に酸素を送り届ける。
クラーラさんは悪運の強い僕に憎々し気な視線を向けたかと思うと――急に顔をこわばらせた。
荒い呼吸を続けながら僕は彼の視線を追って背後を振り返り、
「青木、さん……」
天使の如き美貌を誇る、最強の霊能力者の姿が視界を占領した。
一体いつからそこにいたのか。
そもそもどうしてここにいるのか。
理解が及ばず呆然としていると、京子さんが駆け足でこちらにやってきた。
「全身ボロボロでいろんなところから出血してるみたいだけど大丈夫? ちゃんと意識はあるわよね?」
容赦なく僕の頬をはたく彼女にされるがまま、僕はぼんやりと応じた。
「……意識はしっかりしてます。というか、そんなひどい見た目になってますか?」
「意識はともかく痛覚はバグってるみたいね。腕とか足とか見てみなさいよ」
言われるがままに自分の体を見てみれば、彼女の言う通りあちこちから出血していた。小石や枝が落ちている山の中を、受け身も取らず転がったのだから至極当たり前ではある。
意識すると痛みを感じるような気がしたが、今はそれより目の前の状況への興味が勝っていた。
「それで、どうして青木さんがここに? 彼は、味方、でいいんですか?」
「そのつもりで呼んだわ。もし違ってたら、残念だけど死ぬしかないわね」
「呼んだ……?」
時間を稼いでとは言われたが、彼女が助けを呼ぶような動きをしていた記憶はない。
混乱している僕をよそに、青木さんはクラーラさんの元へ、ゆっくりと歩を進め始めた。
「ホセ・クラーラ。霊能力を用い無辜の一般人を殺めようとしたことに、何か釈明はあるか」
「……ええありますとも。彼は無辜の一般人などでなく、私の愛弟子たる守平君を殺害した極悪人。ゆえに霊能力で罰を与えようとしただけのこと。あなたにとやかく言われる筋合いはありませんよ」
一見冷静さを装っているが、クラーラさんの発される声はところどころ震え、怯えを抱いていることが窺えた。
それもそのはず。他でもない彼自身が、青木さんのことを自身よりはるかに強力な霊能力者だと認識していたのだ。真っ向から戦って勝てる見込みがないことは、この場の誰よりも理解していた。
青木さんは相変わらずの透明感に満ちた美声で「根拠は」と尋ねた。
「こ、根拠は、守平君が殺された部屋には彼らしかいなかったことです」
「つまり殺される瞬間は見ていないということか」
「そ、それはそうですが、状況からみて彼が殺したことは確実で――」
「もう十分だ」
青木さんは小さく口を動かすと、人差し指をクラーラさんに向けた。
前日に燃やされた三浦さんの姿がフラッシュバックしたのか、クラーラさんの顔が恐怖にひきつる。それと同時に両手を突き出し、僕へやった念動力を青木さんに仕掛けた。
だけど――
「かはっ……」
一瞬の出来事。
僕の目には何が起きたかさっぱり分からない。ただ目の前で起きたことを言うなら、クラーラさんが唐突に白目をむいて倒れこんだ。
「い、一体何が……」
「精霊に頼んで、彼の周りだけ酸素濃度を低下させた」
こちらを振り返り、青木さんが事も無げに言う。
あっさりと告げられたやばすぎる力に、僕の頬を冷汗が伝った。
特定の場所だけを一瞬にして酸欠状態にする。機械や薬品を扱わず可能なら、完全犯罪も容易い、まさしく無敵の力。須藤さんが青木さんについて語っていた話が事実かはともかく、実現可能であることが証明されてしまった。
助けてもらったという事実に反し湧き上がってきた恐怖を表に出さないよう、僕は京子さんへと視線を移した。
「えと、どうやって青木さんを呼んだんですか? 僕がクラーラさんと話してる間、特に何もせず隣にいた気がするんですけど」
彼女の霊能力はあくまで霊を視るだけで、クラーラさんや青木さんのような超能力じみたことはできないと思っていたけれど。もしかして隠された力があったのだろうか。
京子さんは僕の思考を読んだように、「私に特別な力はないわよ」と首を横に振った。
「でも、私以外の人には特別な力がある。青木さんが噂通りの精霊使いなら、小声で助けを呼ぶだけでも風の精霊を通じて声を届けてくれる。だからあなたの隣でおおよその場所と状況を呟きつつ、ずっと助けを求めてたの」
「な、成る程……。でもそれなら最初からそう言ってくれればよかったのに」
「成功するかどうか分からなかったんだから仕方ないじゃない。青木さんの力が本物である確信なんて何もなかったし」
「それって結局、ほぼ無策の無謀な賭けだったってことでは……」
「細かいことはいいじゃない。助かったんだから」
「……」
殺されかけた身としてはそうすんなりと納得はできないが、いまさら文句を言っても仕方がない話なのは間違いない。
僕は大きく息を吐きだすと、大の字でその場に倒れこみ、
「全身痛くて死にそうです」
と、戻ってきた痛覚と共に弱音を吐きだした。




