疑心あれど
「早速だけど青木さん、深瀬さんの居場所って分かるかしら?」
気絶しているクラーラさんを足でつつきながら、京子さんが尋ねる。
恐れなど一ミリも感じさせない声音に、僕は密かに感嘆の念を抱いた。
僕らを追い詰めていたクラーラさんを瞬殺する様を見た直後に気安く話しかけるなど、僕には無理な芸当だ。
しかも上から目線で話してるところがなお凄い。
一方の青木さんは、京子さんの顔をまじまじと見て、小首を傾げていた。
「君は、宜保さんの付人か?」
「ええ。宜保とよよ。それより深瀬さんの居場所は分かるの?」
自身の正体について説明するのが面倒なのか、京子さんはおざなりに答え、質問を繰り返す。
そんないい加減な扱いにも怒ることなく青木さんは軽く頷き、「分かる」と端的に答えた。
「なら急いで案内して。今はとにかく時間が惜しいから」
「構わないが、歩きながらでいいから説明もしてくれ。いったいここで何が起きているのか」
言葉通り早速歩き出した青木さんの後を、僕と京子さんはついていく。
何が起きているか理解しきれていないのはこちらも同じでは? と思いながら彼女を見る。そんな僕の不安とは裏腹に、彼女はあっさり話し出した。
「端的に言えば、殺し合いよ。霊能力者同士のね」
「それは分かっている。僕が聞きたいのはなぜ殺し合いが起きているのかだ」
「そんなこと決まってるじゃない。殺したい相手がいる、もしくは殺されたくないからよ」
「誰が誰を殺そうとしているんだ。そもそもなぜ殺したがっている」
「詳しいことは犯人から直接聞きださないと分からないわ。ただ一つ言えるのは、最初から犯人はそのつもりで今回の霊能力者会談にやってきたという事実だけ」
「ちょ、ちょっと待ってください! 京子さん――じゃなくてとよさんは事件の全貌が分かってるんですか?」
全身の痛みもあり、黙って聞き役に徹するつもりだったがつい口を挟んでしまう。
山を覆う銀色の壁を発見した時点で、彼女が推理したシナリオは否定されたはず。まさかクラーラさんから逃げ回っている間に新しい推理が閃いたとでも言うのだろうか。
彼女は僕を横目で見ると、またもあっさり頷いた。
「ええ、おおよそのことは分かったつもりよ」
「本当ですか!? こんな短時間で凄すぎません!」
「言っておくけど、あなたのおかげだからね」
「僕!??」
全く身に覚えがない。
そもそもさっきまでは殺されないようにすることで精いっぱいで、ここで何が起きているかなんてことに頭を回す余裕なんてなかった。
慌てて自身の言動を振り返ろうとして注意力が散漫になった僕は、木の根につまずいて転んでしまう。醜態をさらす僕の姿を見て、京子さんが呆れた様子ながら手を差し伸べる。
と、そんな僕らのやり取りを見ていた青木さんが、不思議そうな顔で首を傾げた。
「君たちは随分と仲が良いな。元から知り合いだったのか?」
京子さんは眉間に皺を寄せ首を振った。
「親密に見えたなら心外ね。私と彼はここで初めて会った他人同士よ」
「事実ですけど流石に険のある言い方過ぎません……」
短い時間とはいえ一緒に捜査してきたのにと、少し悲しくなる。
そんな僕の気持ちには誰も興味はないようで、青木さんはすぐに話題を変えた。
「事件の全貌が見えたうえで深瀬さんを探しているということは、彼こそがこの件の黒幕ということか?」
「師匠が黒幕!? そうなんですか!?」
「落ち着きなさい。違うから。単に私は今のまま事件を進めても問題ないか聞こうとしてるだけよ。私の推理が正しければ、黒幕も、事件の真相もとんでもないものになるから」
「霊能力バトルが行われている今以上にとんでもない状況とかあります?」
「その黒幕は僕がいても勝てない相手という判断なのか?」
「……」
僕と青木さんからすぐさま疑問の声が上がる。
京子さんは今回はあっさり頷かず、思いつめた表情で沈黙した。
しばらくして口を開くも、「深瀬さんに会ってから話すわ」と告げ、再び口を噤んでしまった。
会話の主導権を握る彼女が黙ったため、無言で歩を進めるだけの時間が続く。
その中で、僕は改めて先頭を行く青木さんについて思考を巡らせていた。
須藤さんやクラーラさんが噂していた通りの超常的な力を持つ霊能力者。圧倒的な索敵能力に加え、対人戦では無敵の力を誇るノーモーションの酸欠誘導。
これほどの力を持っていては、普通に生きることの方が遥かに困難に思える。彼は普段いったい何を思い、どのような考えで今回の霊能力者会談に参加したのか。
そして何より、いま彼は何を考えているのか。
事件の全貌が分かっているという京子さんの言葉がどこまで真実かは分からない。ただこの場ですぐに語らなかったのは、彼女自身青木さんのことを信じ切れていないからではないか。
ここで起きている事件の全貌を知った時、青木さんは誰の味方をするのか。
そう、彼がいつまでも僕たちの味方である保障など、ありはしないのだ。
「……青木さんは、須藤さんのことをどう思っていますか?」
気づけば、僕の口から無意識に質問が飛び出していた。
この質問の意図を知る由もない彼は、悩むことなく回答した。
「須藤というと、ホセ・クラーラの付き人だった男か。特にこれといった印象はないな」
「……彼は、青木さんのことを恨んでいましたよ。あなたのせいで、大勢の人が不幸な目に遭っているって」
「……」
青木さんは数瞬の沈黙の後、足を止めて振り返った。
彼の目が、まっすぐ僕の目を見つめてくる。
澄み渡ったシルバーの瞳。
顔は完全な無表情ながら、瞳に宿る隠し切れない悲哀の色に、僕は息を呑み固まってしまう。
青木さんは口を開くも、言いたいことがまとまらないらしく、なかなか言葉が出てこない。結局伝えることを諦めた様子で一言、
「僕は、誰かを不幸にしたいなどと思ったことはない」
と告げ、先より少し早足で歩き始めてしまった。
彼の言葉にどう反応していいか分からず動けないでいる僕の脇腹を、京子さんが容赦なくつついてくる。
「ボーっとしてないで、さっさと歩きなさい。時間が惜しいって言ったでしょ」
「……はい」
先より重く感じる足を無理やり動かし、置いてかれまいと歩き出す。
京子さんはそんな僕を見て小さく息を吐きだすと、思い切り背中を叩いてきた。そして意外なことに、励ますような言葉を口にした。
「別にあなたは悪くない。だから落ち込む必要なんてないわよ」
「でも、命を助けてくれた恩人にあんな配慮のない――」
「誰が味方で誰が敵かもわからないこの状況で、他人の気持ちに寄り添う余裕がないなんて普通でしょ。それにあなたは人から聞いた話を鵜呑みにして責めたんじゃなく、それが事実かどうか確かめようとしたんじゃないの?」
「そうです、けど」
「ならその程度で傷つく彼が悪いのよ。釈明の機会すら与えられない人間が、この世にはたくさんいるんだから」
「それを言われると、反応に困りますよ……」
他でもない、実家からの圧力を受けて存在自体抹消された彼女の言葉の重みに、僕は反論できずに肩を落とす。
論破したことに満足したのか、彼女は意気揚々と僕の前を進み始めた。
ジンジンと鈍い痛みのする背中を一度さすってから、僕も再び歩き出す。
自信に満ちた彼女の横顔を眺めているうち、悩み続けることがばかばかしくなった僕は、ひとまず考えることをやめたのだった。




