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翌週の午後。龍さんが正明さんの面会にやって来た。
今まで誰も会いに来なかったこともあって、僕のフロアにまで龍さんの話は流れて来ていた。
「滝本君、知り合いだったんでしょ?挨拶してこなくて良いの?」
フロアリーダーが、おやつの羊羹を女性利用者さんの口に入れて言う。
余程気に入ったのか、次を催促するように再びあーんと口を開けて、リーダーの腕を突いている。
「今日はよく食べますねぇ。ミチコさん、羊羹好きだもんねぇ」
ミチコさんが目を閉じたまま、にへっと笑みを浮かべて頷く。彼女の為にゼリー状にされた羊羹をスプーンに乗せて口に運んだ。
「僕はいつでも会えますから。貴重なお二人の時間を邪魔したくないですし。あ、僕そろそろ入浴介助行ってきますね」
「はーい。今日最後のお仕事、頑張って来てくれたまえ!」
リーダーが言うと、ミチコさんももぐもぐと咀嚼しながら手を振ってくれた。
「滝本さん、このメンバーで女性は終わりです」
衣類の着脱を担当しているパートの女性が、首から掛けたタオルで額を拭きながら、風呂場に顔を覗かせた。
「お兄ちゃん宜しくね」
「チヨさん、いらっしゃい。お昼ごはん、召し上がりました?」
車椅子のチヨさんを、機械浴と呼ばれる浴槽に案内する。
身体を洗っている間も、チヨさんは「えぇ、えぇ」と気持ちよさそうに頷く。
「美味しかったよ。歳とってあんまり食べられないけどね、その代わりしっかり味わってるの。ちゃんと食べておかないと、お父さんに叱られちゃうからねぇ」
「あぁ、そうですね。心配されますもんね」
僕はすぐに笑顔を作って、チヨさんの話に相槌を打った。
チヨさんは「ノリオが入院して……何か月経つかしらねぇ」と、僕が石鹸を流している間も指折り数えながら「だめね。忘れちゃったわ」と困ったように笑っていた。
浴槽に浸かるのを見守りながら、辺りに泡が飛び散っていないか確認し、入念にシャワーをかける。
チヨさんが口ずさむ、楽し気な河内音頭が風呂場に響く。
「あれ、チヨさん、咳出てますね」
歌の終盤、少し咳き込んだチヨさんは「大丈夫。風邪じゃないのよ。元々の病気もあるからね」と言ったが、念の為早めに入浴を切り上げる事にした。
「滝本さん、お風呂気持ち良かったわ。心配かけてごめんなさいね」
肩からタオルをかけて申し訳なさそうに頭を下げたチヨさんは、パートさんに車いすを押されながら浴室を出て行った。
男性の入浴が終盤に差し掛かる頃、僕の体中からは汗が噴き出していた。
服は体にべったりとくっつき、頭から湯をかぶったのかとお調子者のお爺さんに指さして笑われたほどだ。
「あ、正明さん。こんにちは」
浴室に入って来た正明さんは、いつにもまして晴れやかな表情で「宜しくお願いします」と会釈をした。
正明さんの手を引いて洗い場に行き、いつものように温度を確認したシャワーを手渡した。
彼の場合は出来る事は自分でやりたいと言うので、いつもこうして自身でやって貰っている。
僕がやることと言えば、麻痺がある事で両手でタオルを持てない正明さんの代わりに、背中を洗ったり、ボディーソープを泡立てたりするくらいだ。
「さっき息子が来ました。滝本さんの事も聞きましたよ。あの子に話をしてくださったそうで……ありがとうございました」
「いえいえ、僕は大したことはしていませんよ。お二人がまた会えて良かったです」
正明さんはシャワーで頭の泡を流す。僕は顔を拭くタオルを渡し、その様子を見守っていた。
「私が謝るより先に、息子がありがとうって言ってくれたんです。会いにすら来ない自分の事を気に掛けてくれてありがとうって。親が子供を心配するのは当然なんですけどね。それに、滝本さんにも感謝していると言ってました。親が生きているうちに、わだかまりを解消できたってね」
正明さんは、拘縮している右手をかばいながら丁寧に頭を下げた。
夕暮れ時に愛媛に帰らなければと眉間に皺を寄せていた人とはまるで別人のように、穏やかな笑顔で顔を上げた。




