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『あらぁ、こんなに沢山作ってくれたの?!ありがたいねぇ。大変だったでしょう』


今朝、鶴を持って部屋を訪れるとチヨさんは嬉しそうにそれを受け取ってくれた。


僕が鶴を折ると言った事を覚えていてくれたらしく、ちゃんと夜は寝ているし、食事も量は増えないが一応食べてはくれているらしい。


鶴を僕が折っている分、空いた時間に黒猫と月の刺繍を作ろうとしているようで、今朝は布に下絵を描いているところだった。


「もうちょっとで給料日っすね」


昼食のカップラーメンを食べ終えた同期入社の南君が、額に噴きだした汗を拭いながら話しかけてきた。


「そういえばそうだね」


僕も空になった総菜パンの袋をコンビニ袋に突っ込んで、缶コーヒーを飲む。


やっぱり愛さんの珈琲が良いな。なんて思っていると、向かいのソファに座っていた南君がぐいとこちらに身を乗り出した。


「今、笑いましたね」


「え?」


「彼女の事でも考えてたんですかー?良いなぁ、羨ましい」


「ち、ちがうよ」


どうやら、愛さんの事を考えていたのが顔に出ていたらしい。


にやついていたのだろうか。自分が気持ち悪い。


「僕らみたいな安月給な男についてきてくれる彼女、大事にしなきゃだめですよ。特にここは給料安いし。夜勤入りまくってやっと人並みだし」


「だから違うって」


「だってよくLINE鳴ってるじゃないですか。休憩中も誰かと喋ってるのが聞こえてきて、休憩室に入るのやめた事もあるんですよ」


何てことだ。

まさか、そんなくだらない誤解で同僚の休憩スペースまで奪っていたなんて。


ショックと自己嫌悪のあまり、飲みかけの缶コーヒーをテーブルに置いた。


「違う。ごめん。彼女じゃないし、高校からの友達なんだよ。暇だからってんで、しょうもない画像のやりとりしたりしてるだけだよ」


それでも疑う彼に小鳥遊が送って来たメダカの写真や、毎日の日課で送り付けて来るぶさ犬写真の一部を見せて説明する羽目になってしまった。


そんな最中にも、散歩に行きたがらずに地面にへばりついて抵抗するブルドッグの写真を飼い主の了承の下で撮らせてもらったというLINEが小鳥遊から入ってきた。


「なんだぁ。この安い賃金でも彼女が出来るっていう希望の星だったのになぁ」


と口を尖らせていたが、何とかわかって貰えたようだった。



「随分と日が長くなったもんだなぁ」


帰ろうとフロアを出た廊下で声を掛けてきたのは正明さんだ。


窓にもたれかかって、左の頬を持ち上げて笑う。


正明さんは右半身に麻痺がある。昔から熱心にリハビリも続けていて、日常生活は自分でこなせている。


「そうですね。もう夕飯は召し上がりました?」


いつもはこの時間は愛媛に帰ると言い出すが、今日は大丈夫そうだ。


穏やかな口調で「えぇ、もう腹いっぱいです」と笑顔を見せている。


「気を付けて帰ってください」


今日は特別気分でも良いのだろうか。


普段気難しい人でも、時々こういう日がある人がいる。


本人の中では何か気分が良くなる事でもあるのだろうが、理由まではわからない事も多い。


だが、いつも「帰らなきゃ」と不安げな顔をする人が、こうして穏やかな表情を見せてくれるのは、こちらとしても嬉しい。


エレベーターに乗り込み、扉が閉まるまでにこやかに手を振ってくれていた。


僕もそんな正明さんに「失礼します」と頭を下げてから、胸の前で小さく手を振った。


                  ♢ ♢ ♢


「喫茶店の近くの黒猫、私も会いたいのに全然見かけないんだけど。それと滝本君も全然お店来ないじゃん」


スマホの向こうで小鳥遊が拗ねたような声を上げた。


「行きたいんだけどさ。七月の終わり頃に職員がひとり辞めたんだよ。お陰で夜勤が増えてて、夜勤明けも休日も殆ど屍状態なんだよ。来週から夜勤専属の職員が入るらしいから、また元に戻れると思うんだけど」


八月も半ばの夜。


僕を見るなり水面に口をぱくぱくさせながら寄って来た金魚に、餌を撒きながら言った。


床に放り出した布団をベッドに戻し、脱いだスウェットを洗濯カゴに突っ込む。


ベランダから見える国道の道に、今日もオレンジの明りが灯り始める。


「やっぱ滝本君がいないとつまんないから、その新人さんが入ったらまた来てよね」


「勿論行くけど、樋口さんがいるだろ。仲良くなってたじゃん」


「ちがーう」


どこに怒りポイントがあったのか、突然小鳥遊が奇声を発して、思わず耳に当てていたスマホを離した。


「樋口君は友達だよ。別に好きとかそう言うのは無い!断言する、無い!」


「なんだよ、そこまで言わなくても良いだろ」


樋口さんは小鳥遊と同じような考えではないように思うのだけれど。


「とにかく!ちゃんと来てよね。私もちょこちょこ行ってるんだから。じゃーね!」


一方的に通話を切られた。


「なんであんなカリカリするんだろうな。じゃ、行ってくるよ」


最近は少しづつ片付けるようになった部屋を見渡し、水槽の金魚に手を振る。


玄関に置いていた鞄を掴み、夜勤に向かった。







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