歩いていたのは?4
「二、三日したら院内も歩けるくらいまで回復したから、談話室とかうろちょろしてたんよ」
彼は箸を置き、指先でグラスの水滴をなぞりながら続けた。
「部屋におってもすることないし、暇やし。テレビ見よう思たら金かかるしでな。で、談話室で入院患者の爺さん婆さんと話してたら、どうも俺の入った部屋の爺さんは、“クーラーつけてると定期的に暑い言うて切る”って苦情が多くて、ほぼ個室みたいな状態やったらしいわ」
「うわぁ……そら、看護師さんも目をそらすわ」
「せやねん。でもな、俺生きてるし、俺優先でええわって開き直ってよ。まぁ、クーラーバトルみたいになってたんやけどな」
彼は苦笑いしながら、烏龍茶をひと口飲んだ。
「入院して4日目かな?それくらいの夜中に、廊下を“コツコツ”って足音が聞こえてきてよ」
「看護師さんの巡回じゃないん?」
「いや、巡回って一人か二人やろ?
足音的にゾロゾロ歩いてる感じの足音やってん。
しかも、割と重めな感じの足音」
「急患ならバタバタするやろしな」
「せやろ?でな、ちょっと間したら俺の部屋の前で足音止まってな。扉の開くような音が聞こえた気がしたんよ」
「見えたん?」
「いや、カーテンしてたし、消灯で真っ暗やから見えんかった。でも、足音が部屋の中で響いててな」彼は腕を組み、少しだけ眉を寄せた。
「ちょっとしたら、足音と一緒になんか“引き摺るような音”が聞こえて……気付いたら朝やったわ」
「えっ?なにそれ、めっちゃ怖いやん…」
「せやろ?でな、その日からクーラー止まらんようになってんよな」
そう言いながら、彼は腕を組んで首をかしげた。
「なんか知らんけど、“あぁ、もう切られへんのやな”って思ったわ」
彼はそう言って、少しだけ笑った。
その日はそのまま他愛ない話をして、店の前で軽く手を挙げて解散になった。
夜の駅前は人が多くて、酔っ払いの笑い声や、タクシーのエンジン音が混ざり合っている。
歩き出してすぐ、雑踏の中に紛れるように
ズ…ッ、ズ…ッ
と、何かを引き摺るような音がした気がした。
立ち止まるほどでもない。
ただ、耳の奥にひっかかるような、そんな微かな音。
続けて、
チッ
と、短い舌打ちのような音が混ざった気がして、
思わず振り返る。
けれど、後ろには人の流れがあるだけで、誰もこちらを気にしていない。
一瞬、視線を感じた気がした。
「……気のせいか」
そう呟いて、手の中のスマホを握り直す。




