台風の中で
前の夜から続く大雨の中、会社へ向かう。
横殴りの雨が容赦なく叩きつけてきて、バス停に着く頃には足元がすっかり濡れていた。
「せっかくならバスも電車も止まってくれたら休めるのにな」
そんなことを考えながら、舌打ちをひとつ。
朝の仕事を片づけて、ふと窓の外を見る。
窓ガラスがガタガタと音を立て、電線が大きく揺れて、雨粒がガラスを叩き続けていた。
「仕事終わりまでにやんでくれるかな…」
そう思って天気予報を開くと、帰宅時間はちょうど台風のど真ん中らしい。
「電車が止まる前に帰るか」
独り言を漏らしながら定時で仕事を終わらせ、更衣室で着替えて会社を出る。
外は、バケツをひっくり返したような雨。
風が強すぎて、傘がほとんど意味をなしていない。
顔に当たる雨粒が痛いほどだった。
駅に着き、電車に乗り込んだ瞬間、ふわりと秋桜のような甘い香りが鼻をくすぐった。
「なんだ…?」
周りを見渡すが、今日は人が少なく、人はほとんど乗っていなかった。
不思議に思いながら、扉に背を預けてスマホを開いた。
駅に着いて、バス停に向かう。
ちょうど最寄りに行くバスが到着したところだった。
雨から逃げるように飛び乗り、前の席が空いていたので先頭に座る。
「ふぅ」
座った瞬間、思わず息が漏れた。
スマホを取り出し、出発まで通販サイトを眺める。
画面をスクロールしていると、ふと視線を感じて右を向いた。
けれど、乗っている客は皆スマホを見ているだけだった。
「なんだろうな」
そう思いながら目を戻すと、右耳にじわっと違和感が走る。
虫でもついたか?
そう思って手で払うと、指に何かがまとわりついた。
手を見る。
濡れた長い髪が、数本、指に絡みついていた。
「えっ…?」
思わず声が漏れる。
だが、自分の席の周りには誰も立っていない。
もちろん、長い髪の人もいない。
「気持ち悪いな…」
そう呟きながら手を振って髪を落とす。
最寄りのバス停に着くまで、右耳の違和感はずっと続いていた。
バスを降りた時、雨は小ぶりになっていた。
家に入り、濡れた服を脱ごうとして気づく。
傘で濡れないはずの右肩が、びちゃびちゃに濡れていた。
シャツを脱いで洗濯機に入れようとしたとき、肩のあたりに、さっきと同じ濡れた長い髪が、一本、貼りついていた。




