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笑っていたのは

その日は朝からついていなかった。

仕事に着くなりトラブル対応に追われ、昼からはその影響で機嫌の悪い上司にネチネチ詰められ、自分の業務は遅々として進まない。

気づけば外は真っ暗。

残業を終えて更衣室で着替えながら、思わず舌打ちが漏れた。

オープンイヤーのイヤホンをつけて会社を出る。

欠伸混じりに駅へ向かうが、目の前で電車は無情に発車していった。

「ついてないなぁ……」

そうぼやきながらホームで電車を待つ。

周りには自分ひとりだけ。

スマホで通販サイトを眺めていると、電車が滑り込んできた。

駅に着き、体を引きずるようにバス停へ向かう。

時刻表を見ると、次のバスまで三十分。

「はぁ……」

ため息をつき、自販機で飲み物を買う。

プシュッと音を立ててペットボトルを開け、一口飲む。

そのときだった。


ヒヒヒ……アハハハ……


乾いた笑い声が聞こえ、思わず顔を上げた。

向かいのベンチに、黒いワンピースに黒いヒールを履いた髪の長い女が座っていた。

肩を揺らしながら笑っている。

(何がそんなにおもろいんや……)

そう思いながらもう一口飲み、スマホに視線を戻す。

それでも笑い声は途切れない。

(ヤバい人かな……)

無視することにして、画面をスクロールしていると、自分の乗るバスが近づいてきた。

その瞬間、さっきまで大音量で笑っていた女が、ピタリと笑うのをやめた。

(……さっさと乗ろ)

バスに乗り込み、席に座る。

そのとき、窓の外から強烈な視線を感じた。

反射的にそちらを見る。

さっきの女がいた。

声を出さずに、口角が裂けるのではないかと思うほどの笑顔で、目から涙を流しながら、こちらを凝視していた。

「うわっ……」

思わず目を逸らす。

バスが発進し、女の姿が遠ざかる。

最寄りのバス停に着くまで、あの笑顔が頭から離れなかった。

ブルッと身震いし、頭を振ってから音楽の音量を上げてバスを降りる。

バスが走り去ると、街灯以外は真っ暗だった。

家へ向かって歩き出したとき、左耳のすぐそばで、


見えてたよね? アハハハハハ……


声がした。

反射的に振り返る。

誰もいない。

背筋が凍りつき、そのまま走って家まで帰った。

玄関を閉めて扉にもたれるように座り込んでからもしばらく心臓がバクバクしていた。

(あの声……なんやったんや……)

項垂れるように座っている間もあの笑い声だけが頭に木霊する。

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