返事したのは?2
「いや、気のせいかもしれんのやけどな…」
彼はそう前置きして、カップを両手で包み込むように持った。
「実は、部屋に火鉢を持って帰った日の夜、棚の上に飾って眺めてたんよな」
「それで?」
「おぅ、ふと“お前にも見せたいなぁ”って独り言みたいに言うたんや」
「うん」
「そしたらや…ホンマに小さい音やってんけどな」
彼は少し身を縮めるようにして言った。
「“そうやな…”って聞こえたんや」
「返事したんか?」
「おぅ。ゾワッとしてよ。ちょっと怖いなぁって思っとるねん…」
彼はうつむき加減で、カップの縁を指でなぞる。
「お前の独り言に返事したってこと?」
「おぅ、そんな感じや」
「それで、どないしたん?」
「いや、怖いやん。それからはその部屋では喋らんようにしてんねんけど…たまに、なんも喋ってへんのに“めっちゃ小さい声みたいなん”聞こえんねん…」
「声?」
「声“みたいなん”や。はっきりは聞こえへんけど、なんかおる感じがしてよ」
彼は机に肘を置いて、頭を抱えた。
「お前、骨董品とかも好きやろ?どう思う?」
「どうって言われてもな…」
「せやな…急に言われても困るよな…」
彼は苦笑いしながら、深く息を吐いた。
「めっちゃ安かったから買ってんけどな」
「安かったっていくらやったん?」
「ん?500円や」
「安すぎやろ。買う前に躊躇せんかったんか?」
「いや、ほぼ一目惚れや」
「そうか」
「おぅ。でもちょっと後悔してんのよな…手放そうか悩んでる…」
そこで、ふと思いついたように言った。
「それさ、俺が買い取ろうか?」
「えっ?いや、さすがに曰くありそうやねんけど…」
「いや、ちょうど睡蓮鉢探しててよ」
「いや、お前が嫌でなければええけど…」
「なら今から家帰ってから車で買取に行くわ」
「いや、金はいらんからやるわ…」
「ええんか?」
「おぅ。勉強代やと思って諦めるわ」
「なんか悪いな」
「いや、手放そうか悩んでたし貰ってくれ」
「なら、急いで取りに行くわ」
そう言って、二人は店を出た。
家まで急いで帰り、靴を脱ぎ捨てるようにして部屋へ入ると、そのまま車の鍵を掴んだ。
ドアを閉めながら、彼にメッセージを送る。
『今から向かうわ』
送信を確認してエンジンをかける。
夜の空気は少し冷えていて、窓越しに街灯が流れていく。
彼の家に着き、部屋のドアホンを押す。
ピンポーンという機械音が静かな廊下に響いた。
すぐに、ガチャッと軽い音を立てて扉が開く。
「おぅ、待ってたぞー」
「すまんな」
靴を脱いで部屋に上がり込むと、和室の空気が妙に静かに感じた。
物音ひとつせん、というより“音が吸われてる”ような静けさ。
「これが例の火鉢?」
そう聞いた瞬間、彼が答えるより先に
せやで
ほんの小さな、小さすぎる声が、和室の空気のどこかから落ちてきた。
俺と彼は、同時に顔を見合わせた。
驚いたというより、「あ、聞こえたよな?」という確認の目。
とりあえず、彼の家にあったダンボール箱を引っ張り出し、二人で火鉢をそっと入れる。
ガムテープで封をして、慎重に車へ運び込んだ。
「なんかすまんな…」
彼は頭を掻きながら、目を逸らして言う。
「いや、こっちこそ、もらって悪いな」
そう返しながら、俺は車のドアを閉めた。
エンジンをかけると、彼は少しホッとしたように見えた。
そのまま家路につく。




