返事したのは?1
連休明けの仕事帰り、駅前に着いたところでふと足が止まった。
まっすぐ帰るか、どこかで寄り道するか、そんな小さな迷いが胸の中で揺れる。
初日の仕事を定時で乗り切った自分に、ちょっとしたご褒美くらいあってもええやろ。
そう思いながらエスカレーターを降りた瞬間、ふわりと甘い香りが鼻をくすぐった。
「あぁ、ドーナツ屋あったな」
気付けば足は自然とそちらへ向かい、気付けば店内に入っていた。
お気に入りのドーナツを二つ選び、コーヒーを受け取って窓際のカフェスペースへ。
外ではサラリーマンや学生が忙しなく行き交い、ガラス越しにその流れをぼんやり眺める。
ドーナツをひと口齧ったその時、肩をトントンと叩かれた。
振り向くと、友人がトレー片手に笑って立っていた。
「よぅ、ダイエットはどうしたんや?」
「今日はチートデイ(仮)や」
「お前それ、いつダイエットするんや?」
「ほっとけよ」
友人は向かいの席を指しながら言う。
「そこの席ええか?」
「ええぞ。お前も自分にご褒美か?」
「おぅ、甘い匂いに誘われてな」
そんな他愛ないやり取りをしながら、二人でドーナツを頬張る。
コーヒーの湯気がゆっくり立ちのぼり、連休明けの疲れが少しずつほどけていく。
「おぅ、連休はどうやったよ?」
「まぁ、色々あったけど何とか?」
「相変わらずやな。お前は」
友人はカップを軽く揺らしながら、ふと思い出したように言った。
「そういや、お前に聞いてもらおうかと思ってた話があったんや」
「俺に?なんや?」
「お前、変わった話集めてたやろ?」
「まぁ、好きで集めてるな」
「聞くだけ聞いてくれや」
「ええけど、基本聞くだけやぞ?」
「おぅ、それでええ」
そう言って、友人はコーヒーを一口飲んだ。
彼は少し咳払いをしてから、ぽつりと言った。
「実はな、こないだひさしぶりに骨董市に行ってきてよ」
「骨董市?お前、骨董品さほど好きじゃなかったやろ?」
「おぅ。前までは中古はちょっとって思ってたけど、最近は味があってええかもって思ってよ」
「誘えや。俺も行きたかったぞ」
「すまんな。次は誘うわ」
「おぅ、で?」
「おぅ、そこでな、ちょっとええ感じの火鉢を買ったんや」
「火鉢?」
「おぅ。色合いが白地に黒の絵付けでよ、なかなか渋いんや」
「また実用性の無いもん買ったな。アパート暮らしでは使えんやろ?」
「そうなんやけど、インテリアとしてな」
「贅沢やな。どこに置いとん?」
「今、和室の棚の上やな」
「へぇ、写真ないの?」
「あるぞ。これや」
そう言って彼はスマホの画面をこちらに向けた。
白地に、水墨画みたいな松が描かれた火鉢。
素朴やけど、妙に存在感がある。
「いいなこれ」
「ええやろ」
そう言ったあと、彼はふっと視線を落とした。
「どうしたんや?」
そう聞くと、彼はカップの縁を指でゆっくりなぞりながら、
「えっとな…」
と、言葉の切れ端だけを落とした。




