ズレたのは?1
休日の昼下がり、クーラーの冷気がゆっくりと部屋に満ちていた。
グラスのレモネードは表面に細かな水滴をつけて、触れるたびにひんやりと心地いい。
作業用に流している推しのボイストレーナーの動画が、部屋の空気を少しだけ明るくしてくれていた。
こたつの上には洗濯ネットとタッパー。
メダカの採卵は、慣れてきたとはいえ指先の集中力がいる。
卵糸をそっと引きはがし、反発のある粒をコロコロと転がしてタッパーに移す。
黙々と作業を続けていると、こたつの上のスマホが小さく震えた。
画面を見ると、友人からの短いメッセージ。
「よう、久しぶりに飲みに行かね?」
濡れていない小指でロックを外し、とりあえず採卵を終えてから手を洗い、落ち着いて返信する。
「おぅ、ええけど、いきなりやな」
すぐに既読がついて返事が来た。
「おぅ、最近飲みに行ってなかったしどうよ?」
「ええぞー」
「なら、いつもの居酒屋で18時すぎによろしく」
「はいよ」
こたつの上を手早く片付け、出かける準備を始める。
クーラーを切ってシャツを羽織ると、外の暑さがじわりと肌にまとわりついた。
遠くで蝉時雨が続いている。
車に乗り込むと、ムワッとした熱気が一気に押し寄せてくる。
エンジンをかけてクーラーを全開にし、熱を持ったシフトノブに触れた瞬間、思わず手を引っ込めた。
さっき動画で流れていた曲の原曲をかけ、ゆっくりと車を発進させる。
時間より少し早く店の前に着くと、彼はすでに来ていて、腕を組んだまま店の看板をぼんやり眺めていた。
「おぅ、今日は俺だけか?」
声をかけると、彼は片手を軽く上げて、
「いや、もう一人呼んでるよ。俺と最近仲良くなった子」
どや顔で言ってくる。
ちょっとイラッとして、皮肉混じりに、
「オモテニナリマスナ」
「いや、拗ねんなよ」
「拗ねてねぇよ?」
「なんで疑問形やねん」
そう笑いながら俺を見る。
「しかし、他にも呼ぶなら言えよ。髭くらい剃ってきたのに」
「俺の時も剃ってこいよ」
「まぁな」
そんなやり取りをしていると、
「○○さん、お久しぶりです」
後ろから声がして振り向くと、俺や彼より少し若い、髪の長い小洒落た格好の女性が立っていた。
彼が笑いながら紹介する。
「久しぶり。こいつが前言ってた、怪談収集してるエセ粋人や」
「初めまして、エセ粋人って言われたやつです」
そう言いながら、見えない角度で彼の脇腹の肉をひねり上げる。
「いてぇ」
「大丈夫か?」
ちょっと冷たい目で彼を見る。
「とりあえず店入るか」
そう言われ、三人で店内へ。
焼き場の香ばしい匂いがふわっと広がって、一気に腹が減ってくる。
案内されたのは奥まった席。
向かい側に彼と女性が並んで座り、俺はその正面に腰を下ろした。




