声をかけてきたのは?2
スマホを取り出して、友人に少し遅れる旨をメッセージで送る。
「わかったわー」
とすぐに返事が返ってきた。
そのとき、不意に隣の個室から
カラカラ……
と、トイレットペーパーが長く引き出される音が聞こえた。
「おや?」
と思ったが、特に気にせず自分もトイレットペーパーを引き出す。
サッと済ませて個室を出ると、まだ カラ……カラ…… と音が続いていた。
手を洗い、外に出て駐車場を見渡す。
車は、自分の以外に一台も停まっていなかった。
喉が渇いて、自販機でお茶を買う。
冷たいペットボトルを手に持ち、自販機に背を向けた、その瞬間だった。
「おーい、○○……」
不意に名前を呼ばれた。
思わず振り返りそうになったが、その声が“友人の声にそっくり”だったことで、逆に背筋がひやりとした。
振り向いてはいけない。
そう感じて、足早に車へ向かう。
「まーて……まーて……」
間延びした声が背後から追いかけてくる。
振り返らず車に飛び乗り、慌ててエンジンをかけて道の駅を出た。
ハンドルを握る手が少し震えていたが、走るにつれて落ち着いていった。
友人宅に到着し、車を停めると、家から友人が出てきた。
「おぅ、思ったより早かったな」
明るい声で手を振ってくる。
「お、おぅ……なんとかな」
そう答え、クーラーボックスを持って彼の後に続いて家に上がる。
居間に通されると、親父さんも座っていた。
「お邪魔します」
と言うと、
「おぅ、よう来たな。まぁ、ゆっくりしてってや」
と笑いながらこちらを見て、またテレビに視線を戻した。
「あ、そうや。これ」
と南蛮漬けを友人に渡す。
「おっ、南蛮漬けやん。すまんな」
嬉しそうに受け取る。
そうこうしているうちに何人か友人たちが到着し、他愛ない話で盛り上がる。
親父さんは、そんな俺らを楽しそうに眺めていた。
「そういえばさ」
と、俺は来る途中の道の駅での出来事を話し始めた。
友人たちは缶ビールを片手に、親父さんは湯呑みを持ったまま、みんなニコニコしながら聞いていた。
……その時だった。
「その話はするな」
親父さんが、突然、低い声で言った。
えっ、と全員がそちらを見る。
さっきまで穏やかだった表情が一変し、眉間に深い皺を寄せて険しい目つきで俺を見ていた。
「その声に……振り向いたり、返事したりはしとらへんな?」
「……はい。してないです」
「そうか。ならええ。せやけど、その話はこの辺では二度とするな」
短く、強い口調だった。
「……わかりました」
そう答えると、親父さんはふっと視線を外し、また湯呑みを口に運んだ。
部屋に、少しだけ重たい沈黙が落ちた。
テレビの音だけが、妙に大きく聞こえる。
友人たちも何か言いかけてやめたような顔をしていたが、やがて誰かが缶を開ける音がして、その音を合図にしたみたいに、また他愛ない話がゆっくり戻っていった。
親父さんは、さっきの険しい表情が嘘みたいに、また穏やかな顔で俺らを眺めていた。
「返事してないなら持ってかれはせんか……」
聞こえるか聞こえないかのように呟いていた。




