ウォーキングの休憩で
金曜日の夜、久しぶりに外へ歩きに出た。
健康診断の結果を見た瞬間、
「俺の周りだけ重力が違うんちゃうか?」
と本気で思うほど数字が重たくなっていて、さすがに笑えなかったからだ。
加圧シャツに着替え、腰にはペットボトルの飲み物、腕には光る反射材。
最低限の装備を整えて玄関を出る。
外に出た瞬間、むわっとした湿気が肌にまとわりついてきて、早くも少しだけ後悔する。
それでもオープンイヤーのイヤホンを耳にかけ、お気に入りのアップテンポな曲を流しながら歩き始めた。
遅い時間だからか、人の気配はほとんどない。
街全体がゆっくりと呼吸しているような静けさがあった。
最初はペースを落として、身体を慣らすようにゆっくり歩く。
坂道を下り、公園の脇を抜け、街灯の少ない細い道へ入ると、足音と音楽だけが夜の空気に溶けていく。
やがて橋を渡りきると、急に視界が開けた。
飲食店の看板が明るく光り、コンビニの自動ドアが開く音が遠くで聞こえる。
さっきまでの暗さが嘘みたいに、大通りは夜でも賑やかだった。
車道には車が途切れず行き交い、そのライトがアスファルトに長い影を引いていく。
歩く速度を少しだけ上げながら、俺はそのまま夜の街を進んでいった。
汗がじわじわと滲んでは流れ、そのたびに腰のペットボトルを手に取って飲んでいたら、気づけばもう空になっていた。
「早すぎるやろ……」
そうぼやきながら、途中のコンビニに寄って飲み物を追加する。
冷えたペットボトルを手に持つと、掌にひんやりした感触が広がって少しだけ気持ちが軽くなった。
歩数計を見ると、すでに 5700歩。
「帰ったら1万歩超えるな」
そう思うと、今日のところはこの辺で勘弁してやろうと自分に言い聞かせる。
来た道とは違うルートを選び、坂道の方へゆっくり戻っていく。
夜の空気は相変わらず湿っていて、ザリ、ザリ、と靴底がアスファルトを踏む音だけが静かな道に響いていた。
歩いているうちに、ふいにトイレに行きたくなり、近くの公園に寄ることにした。
街灯に照らされた入口から入ると、すぐ左手に公衆トイレがあり、奥には小さなグラウンドとブランコや滑り台がぽつんと並んでいる。
急いでトイレに駆け込み、用を済ませて手を洗う。
冷たい水が指先を通り抜けると、さっきまで気づかなかった足の痛みがじわっと浮かび上がってきた。
「……歩きすぎたかもな」
そう小さく呟きながら、水滴を振り払って外の空気を吸い込む。
公園のベンチに腰を下ろし、足を軽くもみながら少しだけ休憩する。
投げ出した足先に夜風が触れて、ほんのわずかに熱が引いていくのが分かった。
「怠けてた分やろな……」
そんなことをぼんやり考えていると
キィ
金属が軽く擦れるような、小さな音がした。
反射的に顔を向けると、ブランコが片方だけ、ゆっくり揺れていた。
風はない。
木の葉も動いていない。
なのに、片方だけが揺れている。
「……なんで片方だけ?」
不思議というよりただ目が離せなかった。
見ているうちに、その揺れはまるで誰かがこいでいるみたいにゆっくりと、でも確実に大きくなっていく。
キィ……キィ……
静かな公園に、その音だけが規則的に響いた。
胸の奥がざわつくような感覚に耐えきれず、「帰ろ」と小さく呟いて立ち上がる。
入口へ向かって歩き出し、公園を出ようとした瞬間、ズボンの裾が、ちょん、 と軽く摘まれたような感覚がした。
同時に、耳元で誰かが囁くような小さな声がした。
「……もっと遊んでいこ」
息が止まった。
振り返る勇気なんて出るはずもなく、何も言わず、そのまま足を速めて公園を離れた。
胸を締め付けられるような感覚を覚えながら、家までの道のりが妙に遠く感じた。




