夜の物音3
俺は何も言わずに頷いた。
彼女は、どこから話せばいいのか迷っているようで、指先がそわそわと落ち着かず、目が少しだけ泳いでいた。
俺が彼の方へ顔を向けると、彼は困ったように笑って肩をすくめた。
「お前から話せる範囲で話してくれ。補足とか訂正は彼女にしてもらう方が話しやすいやろ。初めましてなら尚更や」
そう言うと、彼は「あぁ、確かに」と頷いた。
「それもそうか。普通“怪奇譚集めてます”なんて言うやつおらんしな。彼女の友達もそういうの好きやって言うてたから、話してみたらしいんやけどよ」
その間、彼女はテーブルの上で指を軽く組んだりほどいたりしていた。
彼が続ける。
「実はな、俺にはなんも感じへんのやけど……同棲始めた頃くらいから、小さな物音がしてたらしいんや」
「いつからやねん。お前そこ大事やろ」
「おぅ、すまん。ちょうど梅雨時期やな。その時は俺も“雨音ちゃうか”って言ってたんやけどよ」
「雨音と間違えるような音なんか?」
そう聞くと、彼女がそっと顔を上げた。
「……コツ、コツって、小さな音だったんです」
「コツコツ? ノックみたいな音?」
「……そうです」
そう答えながら、彼女はまた視線を落とした。
カランっと小さく鳴る音だけが響いていた。
「時間とかは決まった時間なん?」
そう聞くと、彼女は少しだけ視線を上に向けて考えるようにしてから答えた。
「そうですね……だいたい二十三時くらいです」
「それが梅雨から続いてる感じなん?」
「はい。最初は小さかったんですけど……
最近は、はっきり聞こえるようになりました」
「はっきり聞こえるんや」
「はい……初めは“コツ……コツ……”って感じだったのが、最近は“コツコツ”って、連続で鳴るような感じです」
彼女は言いながら、自分の膝の上で指をそっと重ね直した。
「どこから聞こえるかってのは分からへんの?」
そう尋ねると、彼女は少しだけ首をかしげてから言った。
「そうですね……毎回違う感じですけど、
外から鳴ってるように聞こえます」
「外からか。家の壁とかではなくて?」
そう確認すると、彼女は小さく、はっきりと頷いた。
俺は彼の方を見る。
彼は、“俺には聞こえへんねん”と言わんばかりに小さく首を振っていた。
「外からねぇ……」
思わずそう呟きながら、麦茶の湯呑みを指で軽く回す。
外から聞こえる“コツコツ”。
時間はだいたい二十三時。
梅雨から続いている。
最近ははっきりしてきた。
情報を頭の中で並べながら、俺は少し考え込んだ。




