夜の物音1
蝉時雨が窓の向こうで途切れなく鳴き続ける昼下がり、クーラーの冷気に包まれながらアイスコーヒーを片手に動画を眺めていた。
氷がゆっくり溶けて、グラスの中でカランと澄んだ音を立てる。
そんな時、ピンポーン、とインターホンが鳴った。
「この暑さの中、誰やねん……」
動くのも面倒で、そのまま無視してコーヒーを一口。
すると、もう一度ピンポーン。
荷物の予定はないし、営業にしてはしつこい。
どうしたもんかと思っていると、今度はスマホが震えた。
画面には友人の名前。
「お疲れ。今、家におらんのか?」
「おるよ。動くのが億劫なだけで」
そう答えると、電話の向こうで彼が笑った。
「今、貴方の家の前にいるの。出てこーへんのなら、ピンポン爆撃するわ」
そんな冗談のような言い方で言ってくる。
「はいはい、メリーさんごっこはええから。近所迷惑や」
そう言って通話を切り、上着をひっかけて玄関へ向かう。
鍵を開けて扉を開くと、むわっとした熱気と、ニヤニヤした彼の顔。
「こんな暑い日にどうしたん」
そう聞くと、彼は肩をすくめて言った。
「ちょっと話、聞いてほしくてな。今から暇やろ?」
「はいはい。車、前に停めっぱなしは迷惑やから出るわ」
鍵をかけて外に出て、彼の車に乗り込むと、外の暑さが嘘みたいに静かな空気が流れた。
「全く、休みの日に押しかけてくるなよ」
そう嫌味を言うと、彼はハンドルを軽く叩きながら笑った。
「お前、連絡してもさ。暇でも“無理”とか言うやろ?
どうせ家でだらだらしてるんやろなって思って」
悪びれる様子もなく、むしろ“分かってるぞ”と言わんばかりの顔。
「で? わざわざ押しかけてきてまで聞いてほしいことって何」
そう切り出すと、彼は少しだけ視線を前に向けたまま言った。
「おぅ、それなんやけどな。家着いてから話すわ」
「家着いてからって……長なりそうやな」
「まぁまぁ。晩飯くらいは出すからさ」
調子のいいことを言いながら、左眉だけがほんの少し下がっている。
昔から、何か言いにくいことがある時の癖だ。
窓の外を流れる景色を眺めながら、お互いの近況をぽつぽつと話す。
仕事の愚痴、最近ハマってる動画、 そんな他愛もない話ばかり。
気づけば、彼の家の駐車場に到着していた。
エンジンが止まると、外の蝉の声が一気に戻ってくる。
彼が玄関の鍵を開けると、涼しい空気と一緒に、女物のヒールが一足、視界に入った。
「ただいまー」
彼はいつもの調子で声をかけながら部屋に入っていく。
俺も靴を脱ぎながら、「お邪魔します」と軽く声をかけて後に続いた。




