夏の鈴の音3
ちらりと彼女の方を見ると、彼女は小さく頷きながら言葉を続けた。
「こんな話、まともに聞いてもらえる人少なくて……
多分、友達とかに相談したらカウンセリングとか勧められそうで……」
そう言って視線を落とす。
その仕草に、
“あぁ、そら言いにくいわな”
と心の中で思いながら、俺は姿勢を正してしっかりと聞く体勢をとった。
彼女が続きを話しやすいように、顔を見て、黙って待つ。
目線が忙しなく上下に揺れ、指先は落ち着かずに合わせては離しを繰り返している。
「実は……彼とここに住み始めて、1ヶ月ちょっとなんですけど……二週間くらい前かな……初めはほんとに小さくて気にしてなかったんですけど……夜の23時過ぎになると、小さな鈴のような……チリンって音がして……」
言葉を選ぶように、ゆっくりと話す。
「鈴の音?」
思わず確認すると、彼女は小さく頷いた。
「えぇ……その時間になると、チリンって聞こえるんです。それも……日に日に大きくなってる感じで……」
そこまで言うと、彼女はまた俯いてしまった。
その肩に、彼がそっと手を置く。
そして俺の方を見る。
「お前は聞こえへんのか?」
そう聞くと、彼は首を横に振った。
「俺には聞こえへんのや。聞こえてたら、その時点でまずお前に聞きに行くやろ? こいつ、ずっと言えずに悩んでてよ。
昨日やっと話してくれて……早いほうがええと思ったから、今日悪いなとは思ったけど連れてきた」
そう言って、いつになく真剣な顔でこちらを見る。
「チリンって鈴の音ね……彼女にしか聞こえないってのが、なんともやな……」
腕を組み、顎に手を当てながら考え込む。
急に鳴り始める……
なんやろ?
あんまり聞いたことないタイプやな。
思考の海をゆっくり泳ぐように考え込んでいると、ポンポン、と肩を叩かれた。
「ん?」と顔を上げると、彼が心配そうにこちらを覗き込んでいる。
「すまん、考え込んでた」
そう言うと、彼はほっとしたように笑った。
「良かったわ」
「そういや、その前後でどっか行ったとか、なんか変わったことしたとかないんか?」
そう聞くと、ふたりは顔を見合わせて考え込む。
俺は麦茶を一口飲み、乾いた喉を潤した。
すると彼女が思い出したように顔を上げる。
「……あっ、そういえば二週間くらい前に、彼と小旅行に行きました」
「おぉ、確かにそれくらいやな」
ふたりで確認し合いながら、こちらを見る。
「そういや、その時に変わったお寺にも行ったな。
確か、女の仏さん祀っててよ。珍しいからって行ったわ」
そう言いながら彼はスマホを取り出し、画面をスクロールして写真を探す。
「変わったお寺さんだったんですよ」
そう言って俺にスマホを向ける。
そこには、鬼子母神の前で写真を撮るふたりの姿が映っていた。
夕日のせいか、鬼子母神の顔の影が強く表情が厳しいように見える
「それから?」と聞くと、彼女は小さく頷いた。
「……そうなんです」
俺は少し考えてから言った。
「とりあえず、君の家の菩提寺に行ってお経あげてもらったら?」
「そうやな。1回行ってみるか」
彼は彼女の肩を抱きながら、優しく頭を撫でた。
「じゃあ俺は帰るぞ」
そう言って部屋を出て、夜風の中を家へ向かって歩き始める。
日も落ちて、少し涼しくなった風が頬を撫でた。
その風に混じって
チリーン
と、小さく鈴の音がしたような気がして
振り返った。




