七夕に会うのは?
七夕の朝、今日は仕事を休んで喪服に袖を通した。
黒い布の落ち着いた手触りに、胸の奥が少しだけ沈む。
数珠を指先で確かめ、身嗜みをいつもより丁寧に整える。
今日は、俺にとって特別な日だ。
カレンダーを眺めると、もう干支が一回りするのかと小さく呟いた。
ふぅ、と息を吐く。
湿った顔では行けないし、かといって笑って行く場所でもない。
鏡の前で表情を整え、昼過ぎに家を出た。
向かうのは、隣県の山奥にある静かな墓地。
途中の花屋で仏花を選び、時計を見ると、まだ二時を少し回ったところだった。
少し早いな。
そう思うと、鉢合わせると気まずいし、あいつが好きだった菓子でも買っていこうかと足を止める。
線香も、今日は少しいいものにしよう。
そう決めて、ゆっくりと寄り道をした。
自分でも驚くほど、今日は臆病になっているのだと思う。
毎年のこととはいえ、慣れるものではない。
普段なら迷わず済ませる買い物にも、どうしても踏ん切りがつかない。
穏やかな気持ちにはなれず、
それでも一番好きだった菓子の小箱を選んで会計を済ませた。
時計を見ると、十五時を少し回っている。
そろそろいいかな。
そう思いながら、静かに墓地へ向かう。
車の中は、いつもなら音楽を流しているのに、今日は無音だ。
後悔や、答えのない問いがぐるぐると頭を巡り、
ただハンドルを握る手だけが現実に繋ぎ止めてくれる。
気づけば、もう墓地に着いていた。
通い慣れた場所だ。
駐車場に車を停め、静かに降りる。
仏花、供え物、線香。
それらを手に、目的の墓へ向かった。
もちろん、自分の先祖の墓ではない。
死別した彼女の家の墓だ。
今日は十三回忌。
毎年ここで手を合わせ、その年にあったことを報告している。
彼女が最後に言った言葉が、今も頭に残っている。
「私の分も、楽しい人生を歩んでほしい」
初めの三年は、ほとんど引きこもりのような生活だった。
喪に服すと言えば聞こえはいいが、ただ無気力に生きていた。
最近になってようやく気持ちの整理がついてきた気がする。
それでも命日だけは、どうしても平静ではいられない。
墓は綺麗にされていた。
仏花を追加し、菓子を供え、線香に火をつける。
ゆっくりと、今年一年の報告をした。
そして最後に、
「君に会えないのが、限りなく寂しい」
そう添えた。
どれくらい手を合わせていただろう。
線香はすっかり燃え尽きていた。
もう一度火をつけて供え、
「そろそろ帰るよ」
とだけ伝えて振り返る。
その瞬間、彼女が好きだった金木犀の香りがふわりと漂った。
「早く新しい彼女でも作りなよ。
来年からは来なくていいわ。
私も、そんなあなたを見るのが辛いもの」
小さな声が、確かに耳に触れた。
慌てて振り返る。
けれどそこには、線香の紫煙が真っ直ぐに立ち上るだけだった。
「……それじゃあ、またな」
そう言って、静かにその場を後にした。




