残業の帰りに
仕事が繁忙期に入り、ここ四日ほど残業が続いていた。
その日も三時間ほど働き詰めで、ようやく更衣室へ向かう。
外はすっかり暗くなっていて、疲れた体を引きずるようにロッカーの前に立つ。
制服を脱ぎながら、ふぅ、と長い息が漏れた。
「あと一日頑張れば休みか」
そう自分に言い聞かせて扉をバタンと閉め、会社を出ると夜風が冷たく感じた。
最寄り駅に着く頃には、ホームには誰の姿もなかった。
ホームの端まで歩き、小さな街灯の下に立つ。
時計を見ると、電車が来るまで二十分ほどある。
「長いなぁ…」
オープンイヤーのイヤホンを耳にかけ、スマホで最近よく聴いている曲を流す。
疲れのせいか、欠伸が止まらない。
目を擦りながらぼんやり立っていると、ふと視線を感じて顔を上げた。
反対側のホームに、ひとりの男性が立っていた。
仕事帰りらしい、少し疲れた雰囲気の人だ。
こちらを見ているようで、でも目は合わない。
薄暗いホームにぼんやり立っている男性を見て、
「自分もあんな顔してるんかな」
そんなことがふと頭をよぎった。
再びスマホに目を落とし、メダカの繁殖用アイテムを通販で探しながら時間を潰す。
駅に電車が着くアナウンスが流れ、軽快なメロディがホームに響いた。
反対側のホームに電車が入ってくるらしい。
顔を上げると、さっきの男性が電車のほうを見つめていた。
どこか落ち着かない様子で、足元を何度も見たり、周囲を気にしたりしている。
「早く座りたいんかな…」
そんなことを思っていると、電車がブレーキをかけながらホームに入ってきた。
その瞬間、男性の姿が、電車に向かってふっと消えた。
ただ、視界から“抜け落ちた”ように消えた。
「えっ…」
思考が一瞬止まる。
電車は普通に停まり、車掌が慌てて降りてきて周囲を確認している。
でも、どこにも誰もいない。
そのすぐ後に、自分が乗る電車がホームに入ってきた。
乗り込むとアナウンスが流れる。
「ただいま、反対ホームの安全確認を行っております。しばらくお待ちください」
心臓がドクドクと脈打ち、落ち着かないまま座席に腰を下ろす。
数分後、電車は動き出した。
ふと、反対側のホームを見ると、誰もいなかった。
さっきまで“そこに立っていた”はずの場所から、目が離せなかった。




