見上げるのは?
仕事を終えて、家に帰り、簡単に晩飯を済ませた。
一人暮らしの平日の夜は、どうしても少し物悲しい。
ベランダに出てタバコに火をつける。
ふぅー、と紫煙を吐き出すと、夜気が肺の奥まで冷たく落ちていった。
空を見上げると、月がやけに綺麗に輝いていた。
今日は月が明るいな
そんなことをぼんやり思いながら、
道路を眺めつつタバコをふかす。
時間が遅いせいか、人の気配はまったくない。
「一人か…彼女でもいたらええのにな…」
自嘲気味に呟きながら、二本目のタバコに一本目の火を移す。
すぅー、と吸い込んで、火が落ち着くのを見てから吐き出す。
灰皿に吸い殻を落とし、ふと道路のほうに目を向けた。
歩道に、誰かが立っていた。
「へぇ、こんな時間に珍しいな」
最初はそんな軽い気持ちだった。
けれど、よく見ると、黒い服に、対照的なほど白い肌。
顔は下を向いているのに、なぜか目が離せない。
タバコを持つ手が、じわりと震えた。
気持ちを落ち着かせようと深く吸い込む。
吐き出そうとした瞬間、それが、こちらを向いた。
髪で目元は隠れている。
けれど、口元だけが異様に見えた。
裂けるんじゃないかと思うほど、口角が上がっている。
笑っていた。
あまりの怖さに一歩後ろへ下がった拍子に、タバコが手から滑り落ち、ベランダの下へ消えた。
そのまま意識がふっと遠のいた。
気がつくと、陽の光が顔に当たっていた。
ハッとして飛び起きる。
ベランダを覗くが、道路には誰もいない。
「……良かった」
胸を撫で下ろし、部屋に戻ろうとしたとき、ふとベランダの扉に目がいった。
ガラスの下のほうに、小さな掌の跡が、くっきりと残っていた。
ゾクッとしながら急に耳元で、高笑いがした…




