霧の朝の足音
月曜日の朝、ピピピというアラームが枕元で鳴り続けていた。
仕事へ行く時間か、と頭の奥でぼんやり思いながら、
布団の中からゆっくりと体を引きずり出す。
カーテンを開けると、昨夜から降り続いていた雨は止んでいて、代わりに外は白い霧にすっぽり包まれていた。
街の輪郭がやわらかく溶けて、いつもより静かで、少しだけ遠い世界に見える。
はぁ、と小さく息を吐き、着替えを済ませる。
コーヒーを淹れると、立ちのぼる湯気が霧と同じように白く揺れた。
パンをかじり、顔を洗い、上着を羽織る。
鏡を見ると寝癖が少し跳ねていたが、直すほどの気力もなく、そのまま玄関へ向かった。
外に出ると、霧はまだ薄く漂っていて、空気がひんやりと肌にまとわりつく。
車の音も人の気配も、霧の向こうに吸い込まれたように静かだ。
はねられないように気をつけなあかんな、と心の中でつぶやきながら、いつもより少し慎重に足を運んでバス停へ向かった。
住宅街を抜けて歩いていると、後ろのほうでジャリ…ジャリ…と砂利を踏むような音がした。
ん?
と思って足を緩めるが、特に気に留めるほどでもない。
月曜の朝やし、誰かが同じ時間に家を出ただけかもしれない。
そのまま小さな交差点に差し掛かる。
信号も横断歩道もない場所で、左右を確認すると、霧の向こうからふたつのヘッドライトがふわっと浮かび上がった。
車がゆっくりと近づいてきて、通り過ぎるのを待っていると微かに甘い香りがした。
直後に車が通り過ぎたのを確認してから道を渡る。
その間、さっきの足音は聞こえなかった。
霧のせいで音が吸われてるんかな、そんなことをぼんやり考えながら歩き出すと、またジャリジャリと、さっきより少し近い気がする音がついてくる。
振り向こうかと思ったが、なんとなくそのまま歩いたほうがいい気がして、スマホで時間だけ確認した。
いつもより少し遅い。
急がなあかん。
足早にバス停へ向かうと、後ろの足音もジャッ、ジャッとリズムを合わせるように聞こえた。
いくつか交差点を抜けてバス停に着くと、バスはまだ来ていなかった。
良かった、と胸をなでおろしながら道路側に向き直った瞬間、ふわっと爽やかな甘い香りが鼻先をかすめた。
程なくバスが来て、乗り込んで空いている席に腰を下ろした。
霧のせいか車内もどこか静かで、バスがゆっくりと発進すると、窓の外の白い景色が流れていく。
ふと、さっきのことを思い出した。
後ろからついてきていた足音…
あれだけ近かったのに、乗っているのは俺ひとりやな。
そう思った瞬間、耳元で
ふふっ
と小さな笑い声がした。




