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梅の香りに1

毎朝の出勤をバスと電車に変えてから、一年と少し。

久しぶりに体重計に乗ったら、数字がほんの少しだけ右肩上がりになっていた。

「……あー、やっぱりか」

最近の間食の積み重ねが、体は正直に受け止めていたらしい。

横ばいで頑張っていた分、余計にその“ちょっとの増加”が刺さる。

「間食控えて……運動量増やすかぁ」

独り言が、静かな部屋にぽつんと落ちる。

スマホを手に取り、アラームを30分早めにセットし直した。

家からバス停までの道を、わざと遠回りにすれば……まあ、多少は変わるだろう。

そう思いながら布団に潜り込むと、いつもより早い時間なのに、妙に体が重くて、すぐに眠りに落ちた。

翌朝。

ピピピピッ、とけたたましい音が耳を刺す。

「……うるさ……」

アラームを止めて時間を見る。

まだ寝られる時間だ。

でも、今日からダイエットを始めると決めたのは自分だ。

重たい体をなんとか起こし、布団を畳んで、冷えた空気の中で服を着替える。

カーテンを開けると、外はまだ夜の名残を引きずっていた。

空は薄い群青色で、街灯がぽつぽつと灯ったまま。

その光が、湿ったアスファルトにぼんやり滲んでいる。


「……まだ暗いな」


小さくつぶやきながら、コーヒーを淹れて、立ち上る湯気で頭を叩き起こす。

カップを両手で包むと、指先にじんわりと熱が戻ってきた。

いつもより早い出勤は、いつもより静かで、いつもより空気が濃い。

オープンイヤーのイヤホンを耳にかけ、テンポの速い曲を流しながら玄関を出る。

まだ眠りの残る街を、自分の足音だけがコツコツと刻んでいく。

いつものバス停を通り過ぎて、さらに遠いバス停を目指して歩いていく。

まだ朝の空気は冷たくて、吐く息がほんのり白い。

イヤホンから流れるテンポの速い曲に合わせて、足だけは軽く動く。

住宅街の角を曲がったあたりで、ふいに鼻先をくすぐる香りがした。

上品で、澄んだ甘さ。

軽くて、空気に溶けるような香り。


「……梅?」


思わず足が止まる。

香りの元は、通り沿いの一軒家の前あたりだった。

白い塀の向こうに、まだ薄暗い空を背景にして、梅の枝が静かに伸びている。

花はまだ咲き始めたばかりなのか、朝の光を受けて、ほんのりと色づいて見えた。

冷たい空気の中で、その香りだけがやわらかく漂ってくる。

冬の名残と春の気配が混ざったような、あの独特の香り。


「いい匂いやな……」


誰に聞かせるでもなくつぶやいて、また歩き出す。

早起きは苦手だけど、こういう瞬間があるなら悪くない。

遠回りの道は、いつもより静かで、いつもよりゆっくりと時間が流れているように感じた。

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