四本の木4
「実はな、家を買う時に、前のオーナーさんから“植木には触らないで欲しい”って言われたんや」
そう言いながら、彼は頭をボリボリと掻いた。
癖は昔から変わらない。
奥さんも続ける。
「そうなんですよ。庭木の手入れって大変だから、本当は抜いてしまいたいくらいなんですけど……それを条件に買ったので、勝手に触れなくて」
そう言って、少し困ったようにこちらを見る。
「へぇ。ちなみに前のオーナーさんは若い人なの?」
そう聞くと、彼は湯呑みを手に取りながら首を横に振った。
「いや、割と年配の人やぞ。七十代くらいかな。話した感じは普通の人やったけどな」
「ふーん……ちなみに家の間取りある?」
そう言うと、奥さんが「あ、ありますよ」と立ち上がり、奥へ取りに行った。
廊下に足音が吸い込まれていく。
その間に、気になっていたことを聞く。
「で、家の植木って他には何があるん?」
彼は少し考えるように天井を見上げてから、
「えーっとな……さっき見た柚子の木の対角に、沈丁花かな? そんな感じの木が一本植えてあるわ。春先に匂いがするやつや」
沈丁花。
柚子の対角に。
その言葉が、頭の中で静かに位置を取る。
ちょうどそのとき、奥さんが戻ってきた。
「これ、間取り図です。よかったら見てください」
こたつの上に紙を広げる。
紙の端が少し丸まっていて、手で押さえると、畳の上に柔らかい影が落ちた。
近くにあった置物を借りて、間取り図の上に庭木の位置をひとつずつ置いていく。
紙の上に影が落ちて、こたつの灯りがゆっくり揺れた。
「門と玄関は南向きだな」
そう言いながら、門の横に小さな置物を置く。
「ここが柊だな」
彼が頷くのを横目に、次の置物を手に取る。
「で、玄関から見て西側の庭木が……沈丁花だったな」
沈丁花の位置に置物を置くと、紙の上で三角形の一角が埋まった。
さらに、中庭の北東にあった柚子の木の位置にも置物を置く。
さっき縁側で感じた甘い香りが、ふと鼻の奥に蘇る。
最後に、間取り図の外側
門の前の道を挟んだ向かいの川沿いに、古いしだれ柳があったことを思い出し、そこにも置物を置いた。
紙の上と外側に、四つの木が静かに並ぶ。
柊。
沈丁花。
柚子。
そして道沿いの柳。
友人夫婦は、置かれた置物を見比べながら首を傾げている。
「なんか、変なんか?」
彼がそう言うが、俺は返事をせずに間取り図をじっと見つめた。
紙の上の配置が、ゆっくりと意味を帯びていく。
ただの庭木の並びではない。
偶然にしては、あまりにも整いすぎている。
こたつの湯気が静かに揺れる中、俺はしばらく黙って考え込んだ。




