猫の声11
開けた点検口の下をペンライトで照らす。
黒い空間が広がるだけで、異常らしいものは何も見当たらない。
「……とりあえず、頭だけ突っ込んでみるか」
右手を床下の地面につき、左手のライトで四方を照らしながら覗き込む。
土の匂いと冷たい空気が顔にまとわりつく。
北側へライトを向けた瞬間
背中に、ふっと“何かが乗った”ような気配が走った。
ん? と思ったその刹那。
にゃーん。
さっきよりも大きく、はっきりした声。
俺は一度ライトを止め、目を凝らして床下を見渡す。
「洗面所の電気、つけてもらっていい?」
そう言って頭を上げると、彼がすぐに洗面所の照明をつけた。
白い光が廊下に流れ込み、点検口の周囲だけがぼんやり明るくなる。
俺は点検口から身体を引き上げ、彼に言う。
「ヘッドライトと……玄関の靴、持ってきてくれ」
彼が急いで持ってきてくれたので、俺はツナギに着替え、ヘッドライトを装着する。
部屋を汚さないように、慎重に点検口へ戻る。
「じゃあ、潜るわ」
そう告げて、狭い床下へ身体を滑り込ませる。
北側へ向かって、ゆっくりと這って進む。
3メートルほど進んだところで…
カリ、カリッ。
頭上から、まるで案内するように猫が爪を立てるような音がした。
その方向へ慎重に進む。
ヘッドライトの光が狭い空間を切り裂き、土の上に影が揺れる。
そのとき、光の端で“何か”が動いた。
「……ん?」
顔を向けると
小さな子猫が、1匹、倒れていた。
痩せ細り、弱々しく丸まっている。
俺はそっと抱き上げ、胸に抱え込むようにして点検口へ向かってバックで戻る。
衰弱した子猫を揺らさないよう、いつも以上に慎重に。
土の上を這うたびに、心臓の鼓動が耳の奥で大きく響いていた。
なんとか点検口から身体を起こすと、すぐに腕の中の子猫の状態を確認した。
生きているのが不思議なくらい、骨ばって軽い。
呼吸は浅く、体温もほとんど感じない。
その様子を見た彼女が、慌てたように部屋の奥へ走り、すぐにカイロをタオルで包んだものを持ってきた。
俺が差し出すと、彼女は震える手でその上に子猫をそっと乗せる。
にゃ……。
弱々しい声が漏れた。
それだけで、三人とも一瞬息をついた。
まだ、生きている。
そこからの彼女の動きは早かった。
スマホを掴むと、すぐに夜間の動物救急へ電話をかけ始める。
声は震えているのに、言葉ははっきりしていた。
その横で、俺と彼は顔を見合わせる。
安堵と緊張が入り混じったような表情で。
「……部屋、汚さんようにせんとな」
そう言いながら、俺はツナギのチャックを下ろし、慎重に脱いでいく。
床に土が落ちないよう、点検口の縁で身体を支えながら這い出る。
彼もすぐに手伝いに回り、ツナギをまとめてくれた。
洗面所の明かりの下、タオルに包まれた子猫はかすかに胸を上下させている。
その小さな命を見つめながら、部屋の空気は張りつめたまま、静かに動き始めていた。




