猫の声10
にゃーん。
突然、少し離れた場所で猫の鳴き声が響いた。
三人ともビクッと肩を震わせる。
ふたりは同時に俺へ顔を向けてきた。
俺は小さく頷き、耳を澄ませる。
……高い位置じゃない。
天井でも壁でもない。
もっと低い、床に近いところから響いている。
にゃーん。
二度目の声は、玄関の方角からだとはっきり分かった。
俺は静かに立ち上がり、ペンライトを取り出して歩き出す。
家の照明はつけない。
光と音を最小限にして、ただ耳と足裏の感覚だけを頼りに進む。
洗面所の近くに差し掛かった時
にゃん。
今度は小さく、すぐ足元の下から聞こえた。
ライトの光が床をなぞり、ミシ、と微かな軋みが返ってくる。
足元を照らすと、四角い点検口が浮かび上がった。
昼間、工務店の知り合いが言っていた“床下に入れる唯一の場所”。
その瞬間、背後で気配が動く。
振り返ると、ふたりがすぐ後ろに立っていた。
彼女は不安で唇を噛み、彼は俺の肩越しに床を凝視している。
そして
にゃ。
短く、乾いた声。
まるで、床板一枚のすぐ向こう側にいるかのように。
三人の呼吸が止まり、家の空気がさらに重く沈んでいった。
「……俺が、静かに開けていい?」
点検口の前でしゃがみ込みながら、俺はそっと彼女の方へ視線を向けて同意を求めた。
彼女は一瞬だけ迷うようにまぶたを伏せ、胸の前で指をぎゅっと握りしめる。
それでも、覚悟を決めたように小さく頷いた。
その動きを見て、彼がすぐに彼女の肩へ手を回し、自分のそばへ引き寄せる。
守るように、支えるように。
家の中は、息を潜めたように静まり返っていた。
床下から聞こえた“にゃ”の余韻だけが、まだ耳の奥に残っている。
俺はゆっくりと手を伸ばし、点検口の取っ手に指をかけた。
床板の向こう側で、何かが“動いた気配”だけが、わずかに空気を押した。
金属の冷たさが、妙に生々しく感じられる。
ギ……。
ほんの少し持ち上げただけで、床板が低く鳴った。
背後のふたりの気配が、さらに固くなる。
点検口を開けていく。
暗い穴が、静かに口を開いた。




