美容室でのこと2
少しして、店の裏口のドアがガチャッと開き、彼が出てきた。
仕事終わりの独特の疲れと、まだ手に残っているであろうシャンプーの匂いをまとったまま、片手を上げてこっちへ歩いてくる。
助手席の扉を開けながら、
「お待たせ。すまんな」
「いや、ええで」
「何食うよ?」
「誘ったんお前やろ。なんか考えてきてるんちゃうん?」
「とりあえず、いつもの中華料理屋行こうや」
「あそこか。ええな。青椒肉絲、あれほんま美味いし」
「相変わらず好きやな、お前」
「ええやろ。あれ食ったら元気出るねん」
そんなやり取りをしながら車を発進させる。
夜の道路は、退勤ラッシュが少し落ち着いたくらいの時間帯で、まだ車が途切れず流れていた。
信号待ちのたびに、彼がシートに深く沈み込んで息をつくのが分かる。
「しかし珍しいよな。お前から飯の誘いなんか」
「まぁ、ちょっとな」
「なんやその歯切れ悪い言い方」
「まぁまぁ。飯屋着いてからゆっくり話すわ」
「おぅ、そうか」
そんな会話をしながら、いつもの中華料理屋に着いた。
外観は年季が入っているのに、なぜか落ち着く店だ。
ドアを開けた瞬間、油の香りと、強火で炒めた調味料の香りが一気に鼻に入ってくる。
この匂いを嗅ぐと「ああ、ここ来たな」って毎回思う。
店内は混んでいたが、運よくすぐに2階のテーブル席へ案内された。
階段を上がる途中、厨房から中華鍋を振るガンガンという音が響いてくる。
席に着くと、二人して同時に「よいしょ」と声が出た。
「おっさんやな俺ら」
「ほんまにな。昔こんなん言わんかったのにな」
笑いながらメニューを開く。
ページをめくるたびに、油で少し波打った紙がパリッと音を立てる。
店のざわめき、皿のぶつかる音、厨房の火の音。
全部が“いつもの夜”の空気を作っていた。




