マンションで3
実家の前に着き、鍵を開けて部屋に入る。
「ただいま」
少し後ろめたさを感じながら靴を脱ぎ、リビングへ向かった。
母親は晩ご飯の準備をしながら振り返り、
「おかえり。やらかしたわね」
と笑って、軽く頭を叩いてきた。
「ホンマにやらかしたわ」
そう返すと、米だけじゃなく、肉や野菜まで用意されているのが目に入った。
ありがたいという気持ちが、胸の奥でじんわり広がる。
次の日も早いから長居はしないつもりだったが、母親とお茶を飲みながら少し話すことにした。
「もうちょっと計画性持って生活せなアカンで」
「はい」
小言を受け流しながら、お互いの近況をぽつぽつ話す。
「ちゃんと食べてるん?仕事はどう?慣れた?」
そんな会話の流れで、ふと思い出したように言った。
「そういや今日、○○さんに会ったよ。元気そうやった」
その瞬間、母親の手が止まった。
怪訝そうな顔でこちらを見て、
「いや、嘘言っちゃダメよ。会えるはずないんだから」
と言う。
「いやいや、さっき会ったで? エレベーターで一緒になって、○階で降りていったよ?」
そう返すと、母親は静かに首を振った。
「……○○さん、1ヶ月ちょっと前に亡くなられたのよ」
「えっ?」
思わず声が漏れた。
さっきの会話を頭の中で巻き戻す。
エレベーターの中でのやり取り。
“ありがとう”
“元気にしてた?”
“頑張ってね”
どれも自然で、違和感なんてひとつもなかった。
ただ、思い返しても、そこに“おかしなところ”は何もない。
「……まあ、可愛がってくれてたしな。
心配して、最後に会いに来てくれたんかもしれん」
そう言うと、母親は少しだけ目を伏せた。
帰り道、車に乗り込んでエンジンをかけたとき、
ふと、エレベーターで別れ際に言われた言葉が蘇った。
──頑張ってね。
あの声は、確かに聞こえていた。
夕方の空は少し赤くて、その色が妙に胸に残ったまま、ゆっくりと家へ向かった。




