喫茶店にて12
飲みかけの飲み物や食べ物は、勿体ないとは思ったが、そんなことを言っている場合じゃない。
「行くぞ」
そう言って彼を立たせ、急いで会計を済ませた。
店を出ると、駐車場には彼の車がなかった。
多分、彼女が乗って帰っているのだろう。
「乗れ」
俺の車の助手席に彼を座らせ、シートベルトを締めさせる。
いつもなら、車に乗った瞬間から軽口の一つでも飛んでくるはずなのに、今日は、彼は俯いたまま何も言わない。
嫌な沈黙が車内に落ちる。
アクセルを踏み、神社へ向かって走り出す。
道は空いていた。
けれど、車内の空気は重く、妙に冷たかった。
神社まであと2キロほどになった頃、ようやく彼が顔を上げた。
……その顔を見た瞬間、背筋がぞわりとした。
気持ちの悪い笑顔が、まるで“貼り付けられた”みたいに浮かんでいた。
そして、彼の口が、女の声で開いた。
「無駄よ。
彼は渡さないわ。
全部、無駄」
ぞっとするほど冷たい声だった。
そのまま、彼の口から甲高い女の笑い声が響き始める。
俺は無視してアクセルを踏み込んだ。
今は一秒でも早く神社に着くことが最優先だ。
神社の駐車場が見えてきた時、入口に巫女さんが一人立っていた。
俺の車を見ると、すぐに奥の“車のお祓い用の道”を指さす。
その指示に従い、境内の奥へ車を走らせる。
その間もずっと、助手席から女の高笑いが響いていた。
境内に入ると、宮司さんが巫女さんを二人連れて待っていた。
車に駆け寄り、助手席の扉を開ける。
「引きずり出しなさい!」
宮司さんの声に従い、俺は彼を抱えるようにして車から降ろした。
彼はまだ、あの“貼り付けた笑顔”のままだった。
そのまま本殿へ急ぐ。
途中で宮司さんが振り返り、短く指示を出した。
「あなたは車を駐車場に置いてきなさい。
そして手水場でしっかりとお清めをしてから、
社務所にいる子の指示に従いなさい」
そう言うと、宮司さんは踵を返し、本殿へと彼を連れていった。
俺は急いで車を駐車場に戻し、言われた通り手水場でしっかりと清める。
冷たい水が手に触れた瞬間、さっきまでの女の笑い声がふっと遠のいた気がした。
社務所の入口へ向かうと、竹箒を持った巫女さんが、静かに立って待っていた。




