喫茶店にて10
「で、廊下に出たあとはどうやってん?」
俺がそう聞くと、友人はしばらく口を閉じたまま、言いづらそうに視線を落とした。
言わへんつもりか?と思って問い詰めるように見つめると、観念したように、ぽつりと話し始めた。
「……いや、廊下出たところでな。
入口に向かって走って逃げよう思って出たらや」
そこで一度、息を吸う。
「後ろから、長い黒髪で、やけに白い顔した女が
こっち見て、ニヤニヤしながら高笑いしながら、
“見つけた”とか言いながら、すごい勢いで追いかけて来たんや」
背筋がぞわっとした。
「廃ラブホやから途中に物は落ちとるし、
全速力で走るのはリスクある状態やのに、
向こうはそんなもん関係ないみたいな勢いやってよ……」
そこまで言って、友人はコーヒーに口をつけようとしたが、カップが空なのに気づいて手を止めた。
俺は静かに言う。
「で? そっからまだあるんやろ?」
友人は苦い顔で頷いた。
「そらな。捕まったらあかん思って逃げるんやけどやな…なんか変やってん」
「変?」
「出入口までそんな距離ないはずやのに、
全然つかへんねや」
その言葉に、喫茶店の空気が一瞬だけ冷えた気がした。
「で、らちあかんわ思ってよ。
窓蹴破って外に飛び出したんや」
「お前……また蹴ったんか」
「しゃあないやろ!
でもな、出る直前に肩に触られてもうてんや」
その瞬間を思い出したのか、友人の指が組んだまま震えた。
「でや……その時にな。
小さい声が耳元でしてな……
“これでいつでも一緒”って言われたんや」
喉の奥がひゅっと鳴った。
「怖すぎるやろ?」
友人は乾いた笑いを漏らす。
だが、すぐに表情が沈んだ。
「……それだけじゃないんや。帰ってから耳元で、あの女の声が聞こえ続けとるねん」
「は?」
「彼女がそばに居たり、甘いものある時はマシになるんやけどな…… あとは、持って行ってたお守りは黒くなって崩れてたわ……」
「おいおい、それはヤバすぎるやろ……」
俺がそう言うと、友人は弱々しく肩をすくめた。
「いつからや?」
「……3日前やな」
その“3日前”という言い方が、妙に生々しくて、背中が冷える。
俺は深く息を吸って言った。
「……ちょっと座って待ってろ」
友人は小さく頷き、追加のカフェオレと甘いものを注文していた。
その手は、ほんの少し震えていた。




