喫茶店にて8
友人の彼女は、少し考え込むように視線を落としてから言った。
「帰ってきてからね、やたらとくっついて来るようになったかな…… 普段ドライなのに、ベタベタしてくるようになった」
その言葉に、俺は思わず遠い目になった。
(……誰が惚気けろと言った)
そんな気持ちが顔に出たのか、彼女は小さく笑って肩をすくめる。
「それ以外には……甘いものを欲しがるようになったのは、ちょっと心配なのよね」
そう言って、心配そうに彼の方を見る。
たしかに、俺の知る限りでも彼は甘いものをほとんど口にしない。
ふと見ると、彼の前に置かれたカップはカフェオレだった。
いつもブラックしか頼まない男が。
その違和感が、じわりと胸に残る。
そんな話をしていると、彼女のスマホが震え、画面を見た彼女が「あっ」と声を上げた。
「ごめん、買い物行く時間だわ。
私先に出ても大丈夫?」
俺も彼も同時に「大丈夫だよ」と返す。
友人は軽く手を振りながら、
「ごめんやけど頼むね」
と言うと、彼女は席を立ち、
「ごめんね、またゆっくり話そー」
と笑って店をあとにした。
扉が閉まり、店内の静けさが戻る。
二人きりになった瞬間、俺はコーヒーを一口飲んでから、友人に向かって言った。
「で? 何を隠してんねん?」
友人は苦笑しながら、頭をかきつつ視線を逸らした。
「……やっぱバレる?」
その声は、さっきまでより少しだけ低かった。
俺はコーヒーを置きながら言った。
「どんだけ付き合い長い思ってんねん。
わかるわ」
友人は観念したように、肩を落として苦笑した。
「せやな……
しかし、お前には隠し事ができる気がせんわ」
その言い方が、冗談めいてるのにどこか本音っぽくて、長い付き合いの重さが滲んでいた。
彼女に心配をかけたくなくて、言ってないことがたくさんあるんやろうな…
そう思うと、少しだけ胸が重くなる。
「……あの子も多分勘づいてるぞ。
余計な心配かけるくらいなら、
危ないとこには行くなよ」
そう言うと、友人は一瞬だけ目を伏せて、次に顔を上げたときにはさっきまでの曖昧さが消えていた。
「……そうやな」
短い言葉やのに、妙に真剣で妙に重かった。
その表情を見て、俺はようやく気づく。
(こいつ、まだ全部言ってへんな。)
さっきまでの軽口とは違う、“何かを抱えてる人間の顔”やった。
そしてその“何か”は、まだこのテーブルの上に出されていない。
空気が、ほんの少しだけ沈む。
友人は深く息を吸い、ゆっくり吐き出してから言った。
「……ほんまに、ちょっとだけやけどな。
言ってへんこと、あるわ」
その声は、さっきよりもずっと静かで、どこか覚悟めいていた。




