喫茶店にて7
友人は、指先でカップの縁をなぞりながら言った。
「こう、映画とかでシーンが飛ぶみたいにさ……
記憶の一部がカットされてる感じがするんだよ。
なんか……記憶に蓋をするみたいな……」
その言い方が妙に生々しくて、俺は思わず眉をひそめた。
「その落書きって、割と有名なあれか?」
そう聞くと、友人は小さく頷きながら、
「そうなんだよ」
と返してくる。
相棒の彼女が、少し困ったように、でもどこか拗ねたように口を尖てせて言った。
「帰ってきてからもね、ところどころぼーっとしてて。呼びかけても反応なかったり、夜中うなされたり…… 今まで心霊スポット行ってもそんなことなかったのに、今回のはちょっとおかしいのよ」
彼女は続ける。
「次の日、近くの神社にお参りも連れてったんだけどね。この人、録画データを私には見せてくれないのよ。“自分の記憶がふわふわしてるから見たくない、待って”ってそればっかりでさ」
心配しているのが伝わる声なのに、どこか拗ねた色も混じっている。
俺はコーヒーを一口飲んで、少しだけ身を乗り出した。
「……他には覚えてることないの?」
そう聞くと、友人はしばらく黙ってから、ぽつりと呟いた。
「……やたらと甘い匂いだけは、記憶に残ってるんだよな」
その“甘い”の言い方が、さっきよりもずっと曖昧で、どこか気味の悪い余韻を残した。
相棒の彼女も、その言葉に反応して小さく息を呑む。
「……またその匂いの話」
友人は苦笑いしながらも、目だけは笑っていなかった。
「いや、ほんとなんだって。
あの匂いだけは……なんか、変に残ってんだよ」
テーブルの上に、ほんの少しだけ重たい沈黙が落ちた。
まだ何も起きていないのに、空気だけがじわりと変わっていく。




