喫茶店にて6
友人は、テーブルの端を指で軽く叩きながら続けた。
「道中はさ、なんも問題なかったんだよ。
むしろ快調?って感じで渋滞もなくスイスイ行けた」
相棒の彼女が頷く。
「うん、途中で連絡きた。
“順調〜”って軽い感じで」
「そうそう。 で、途中こいつにも連絡入れたりしてたんだけどさ、着いたらやっぱ遠かったのか夕方になってたわけよ」
「まぁ、あそこ山奥やしな」
俺がそう返すと、友人は苦笑いしながら続ける。
「周りは真っ暗だったしよ。とりあえず車停めて、準備してからひとりで突撃したんだよ」
その言い方は軽いのに、どこか“思い出すのを避けてる”ような間があった。
「廃ラブホ特有のホコリとカビ臭さの中に、
嗅いだことのないような甘い匂いもあってな。
なかなか、雰囲気もあったよ」
相棒の彼女が眉をひそめる。
「甘い匂いって、何それ。
香水とか?」
「いや、違う。
なんか……うまく言えんけど、
“甘い”って言っても食べ物の匂いじゃなくてさ。
なんか……湿気た甘さ?」
その曖昧な表現が逆に気味悪い。
けれど、まだ“怪異”とは言い切れない。
ただの廃墟の匂いかもしれないし、カビの種類によっては甘く感じることもある。
友人は続ける。
「で、こっから記憶があんまりしっかりしてないんだけどよ。 覚えてるのは、とある部屋に行って、壁に書いてある落書き見たあとくらいから…… ぼんやりしてんだよな」
相棒の彼女が、その言葉に反応して小さく息を呑んだ。
「……やっぱりそこからなんだ」
友人は苦笑いしながら頭をかく。
「カメラはしっかり回してたんだけどよ。
俺自身の記憶が、なんか……途切れ途切れでさ」
そこで一度言葉が止まる。
けれど、さっきまでの“言い淀み”とは違う。
これは、思い出したくない記憶に触れる前の沈黙だった。




