喫茶店にて5
友人は指を折りながら、淡々とその日の準備を語り始めた。
「廃ラブホに向かうのに午前中に家出たんだよ。 もちろんひとりで行くからよ、カメラや周辺機器もバッチリ用意して、ヘッドライトとかも電池や予備バッテリーも用意して行ったんだよ」
そこまで言って、相棒の彼女が苦笑いを浮かべる。
「ほんと、準備だけは完璧なんだよね、この人」
友人は肩をすくめて続ける。
「もちろん、お守りとかも持って行ったんだ。
まぁ、距離もかなり離れてるから、携行缶もな」
その言い方が妙に誇らしげで、でもどこか“言い訳”にも聞こえる。
俺はコーヒーを一口飲んで、呆れ半分で言った。
「……お前、準備だけ聞いたら
完全に“遠征する登山家”やんけ」
相棒の彼女が吹き出す。
「そうそう。私も“どこ行くんだろうこの人”って思ったもん」
友人は苦笑しながら、テーブルの端を指で軽く叩いた。
「いや、だってさ……
あそこ、ほんまに遠いんやって。
途中でガス欠とかしたらシャレにならんし」
「まぁ、それは分かるけどな」
そう返しつつ、心のどこかで引っかかる。
準備が完璧すぎる。
普段の彼なら、“行けるやろ”のノリで出発するタイプなのに。
相棒の彼女も、その違和感に気づいていたのか、少しだけ声を落として言った。
「……ねぇ。 あの日さ、出かける前からちょっと変だったよね?」
友人は一瞬だけ目をそらし、曖昧に笑った。
「いや、まぁ……
ちょっと緊張してただけやって」
その“緊張”が、どこから来ていたのか。
まだ誰も口には出さないけれど、テーブルの上にじわりと“何か”が置かれたような空気が流れた。




